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028. 主催者

 





 友歌は、落ち着きがないとでも言うように空を眺めていた。そこには、うっすらと真昼の月が浮かんでいる。


 昼に薄く輝くこの月が、友歌は地球にいた頃も好きであった。夜のイメージがある月が、まるで昼に遠慮しているかのようにうっすらと輝く、慎ましさが。


 実際は太陽に照らされ反射が見えにくいだけなのだが、感性は人それぞれである。友歌は、ぎらついた太陽よりも、欠け、満ち、顔を多く持つ月の方が好感が持てた。


 ──明日、あの月が太陽と重なり、精霊の光が降りてくる。それを考えるだけで、友歌は心を躍らせるのであった。





















 *****





















「落ち着き下さいませ、精霊様。」


「そんな事言ったってさ、我慢できないって!」




 ぎゅう、とクッションを胸に抱き主張する友歌に、サーヤは困ったように笑った。友歌は【朱月の顕現】が近くなると、窓の傍を定位置にしていた。


 つまり、柔らかいカーペットの上であっても地べたに座っているのである。けれど、本人の友歌がそこがいいと言うのだから、サーヤは従うしかないのだ。


 友歌としては、毛足が長いため痛くないし、実家や借りたマンションの何処よりも柔らかく居心地も良い。“精霊様”としては不味いのだろうが、許容して欲しいと思う友歌であった。


 友歌は振り向いていた体勢を元に戻し、再び空を眺める。確実に冬へと向かう春は、冷たく感じるようになった風で窓を叩く。


 城の精霊使いのおかげで、扉を閉めている間は風が入ってこない。友歌は温かな環境の中、安心して窓際にいるのであった。




(それに、月が大きいんだよね…地球よりも近い位置にあるんだろうなぁ。)




 地球では、親指で隠せてしまいそうだった月。けれど、こちらでは手の平でようやく覆えるくらいだ。


 実際に手をかざしながら、友歌は口元に笑みを浮かべる。




(携帯持って来てたら、画面いっぱいの満月が撮れたかな。)




 こちらに持ってこれたものは、友歌の服のみである。携帯はおそらく、新しく買った机の上に置きっぱなしだろう。


 後悔と失望を抱きながら、友歌は月を眺め続けた。近くにある太陽で目が少し痛いが、同じく窓にかけられた精霊魔法でか、目を閉じるほどの強烈な光ではない。


 時折瞬きをしながら、友歌は息を吐いた。




「…舞姫が選出されるところも見たいなぁ。」


「それは難しいですね。

 身近に居る方か、もしくは自らが選ばれなければまず見ることは出来ないでしょう。」


「だーよねー…。」




 背後で友歌の読み散らかした服飾の本を片付けながら、サーヤは冷静な言葉で返した。広いラディオール王国から選ばれる舞姫。その瞬間を見られる者は、案外少ない。




「だから、村や町では皆が一つに集まるのです。

 その場の誰かが、選ばれることを願って。」




 降りてきた光は、自らが選んだ舞姫のもとへ向かい、その周囲をくるくると飛ぶ。そして、ゆっくりとその胸に入っていくらしい。それが、“選出”。


 舞姫の胸には、その特有の“痣”が出るらしい。詳しくはわからないが、特殊な文字のようである。遠くへ行ってしまった光の行方は大体しかわからないため、その舞姫や周りの者が近くの兵士に告げる。すると、数日後城から迎えが来る手はずである。


 しかし、ラディオール王国の多くの村や町では広場などに集まって朱月を見るため、兵士は告げられずとも舞姫が誰かわかる事が多い。友歌が思うように、選ばれるその瞬間を見たいと考える者は多いのである。


 そして、それを見た者は幸せな事が起こると言われているし、舞姫自身にも何か特典があるという。それを口外する舞姫はおらず、けれど舞姫の周りでは奇跡が起こるらしい。


 重い病気だった父が治った、貧乏だったのにお金が舞い込んでくるようになった、動物に好かれるようになった。一つだけなのか、複数なのか、それすらもわからないが、それでも舞姫が“特別”である事は知られているようだ。




「サーヤが選ばれたら面白いのに。」


「何がですか。」


「だって美人だし、それにサーヤが髪飾りとかしてるとこ見たことないよ、」


「女中が着飾ってどうしますか。」




 もっともな意見に、友歌は「えー!」と声を上げた。──折角、良い素材なのに!


 サーヤは平均より高いくらいの身長で、言うならばモデル体系である。青い髪は、邪魔にならないよう高いところで結ばれ団子にされる事が多いが、それを解いた時に跡がなかったのを友歌は見ていた。


 手入れはしているだろう、今は遠ざかっているとは言え貴族令嬢である。友歌は羨ましそうに、恨めしげにサーヤの全身を見つめる。それに苦笑を返しながら、サーヤは遠慮がちに口を開いた。




「それなら、親友のレティの方が綺麗です。」


「あ、同じ女中なんだっけ?

 会いたいなあ…美人さんなの?」


「数年後のセイラーム様の容姿に柔らかな性格、と言えばわかりやすいでしょう。」


「…………うわぁ会いたい!!」




 セイラームの容姿、つまりは天使。その方程式が成り立っている友歌の脳内は、ふんわりと笑っているセイラームが映し出されていた。


 仲良くなったとは言え、セイラームはまだよそよそしいと友歌は感じている。それでもまだ丸くなっているし、友歌もセイラームがきつい物言いをする前に翻弄するよう心がけているため、気になるほどでもない。


 それでも友歌は、まだ物足りなかった。精霊であるという誤解(最近は友歌も否定する回数が減ってきたが)もあるのかもしれないが、もう少し打ち解けたい。


 未だに部屋に服飾の本を持ち込んでいるのも、そのための対策である。


 もちろん、セイラーム似の女性がいたとしてもそれを疎《おろそ》かにする気はないが、それでも好奇心には勝てない。素直に言い放った友歌に、サーヤは笑みを返した。




「その内、お会いして欲しいです。

 レティは、精霊様の事が大好きですから。」


「…そ、そうなの?」


「はい。

 毎日聞こえてくる歌の感想を、暇が空いては聞かせてくるほどで。」


「…………。」




 友歌は興奮していた気持ちが一気に冷めるのを感じ、そっと視線を外す。その頬がうっすら染まっている事から、照れているのだろうとサーヤは当たりをつけた。


 ──友歌は、ベランダで歌う。部屋で歌っても問題ないが、どうしても声が響いてしまうのだ。消去法でその場所となったのだが、よもや“毎日”聞かれていたとは。




「私と同い年ですが、とても可愛らしい子です。

 精霊様も、きっと気に入ると思いますよ。」


「…そ、そうだね、そのうち会いたいなぁ。」




 芸能人にでもなった気分の友歌である。地球に居れば、運が良ければ数年後にはデビューだったが、まだ遠い話だと思っていた友歌は居心地が悪そうに体勢を変える。




(握手とか求められちゃうんだろうか…それはないかな。

 …ないと良いなぁ。)




 基本、歌い手として“作る”以外は緊張しやすい友歌。希望を抱きながらも、親友であるサーヤの言葉に不安を隠せないのであった。


 ぎゅう、とクッションをきつく抱き締め、話題を変えて気持ちを切り替える事にした。




「サーヤ、【朱月の顕現】って何処で見るの?

 やっぱり高い所の方が良いのかなぁ…屋上ってある?」




 けれど、嘘を吐いたり誤魔化すことが、祖母の教育か生来のものか、友歌は苦手であった。だから、間違いでもない誤魔化し方を選んだ。


 気付いていないのか、知っていて気持ちを汲《く》んでくれたのか、サーヤは少し首を傾げて考え込んだ。




「高い所がよく見えるのは本当ですが…。

 でも、障害物のない場所なら、そう変わりません。」


「そうなの?」


「光が通った場所には、軌跡が残ります。

 それを見られるなら、実際場所は何処でも良いと思いますよ。」




(なるほど、飛行機じゃなく飛行機雲を見るような感じか。)




 ──それにしても、光が跡を残す…じっくり見てみたいな。


 うずうずと、友歌は心が逸《はや》るのを感じた。気持ちの切り替えは上手くいったが、すでに友歌の脳裏からその事はなくなっている。“知っていて気持ちを汲んだ”サーヤは微笑ましそうに笑った。




「あ…じゃあさ、あの庭から見える?」


「レイオス王子の庭ですか?

 そうですね…木は植わっていますが、とても広い場所ですし見えるでしょう。」




 すっかりあの場所が気に入ってしまった友歌である。あの五行が混ざり合った庭は、互いを相殺する事なくそれぞれを際立たせている。


 友歌に飼われる事となった小鳥も、そこにある木のどこかを寝床にしているらしい。部屋に鳥籠もあるが、やはり外の方が好きなようだ。




「レイも誘わないと。」




 ぽつりと呟いた言葉に、サーヤはきょとんと友歌を見つめた。




「…レイオス王子は式典でいらっしゃいませんよ?」


「え。」




 ぎょっと友歌はサーヤを振り返った。話していなかったのかとサーヤは呆れつつも、表面上は笑みを作る。




「ラディオール王国にとって、【春冬の祈願】へと繋がる【朱月の顕現】はとても重要な儀式です。

 それを祝うために、直接は関係ないのですが、城下の大きな庭園で催しがあるのです。

 レイオス王子は、今年の主催者なのですよ。」


「…え、ええー…。

 一言も言ってなかったし、最近まで私に付き合ってくれて全然忙しそうじゃなかったのに!」




 事実を伝えられ、友歌は唖然とした。いつもと変わりなく、むしろ興味を持った友歌に対して頻繁に訪れていたレイオスである。


 それが、大事な行事の主催者であるなどと誰が思えるだろうか。




「レイオス王子は、昔から要領が良いですから。

 一度集中すれば、目の前から書類を取り上げるか直接体に衝撃を与える以外途切れませんよ。」


「そ、それ要領良いって言わないむしろ無茶しすぎ…、」


「昔からのスタイルですから。

 私も頑張りましたが…多分、今更治りませんよ。」




 昔はもっと酷かったですから。


 さらっと言い放ったサーヤに、友歌は沈黙した。──そうか、一緒に見れないのか。


 ゆっくりと窓の外に視線を戻しながら、友歌は気持ちが沈んでいくのを感じた。サーヤとレイオスと、三人でそれを見たかったのだ。


 敏感に感じ取ったサーヤは、そっと友歌に近付いた。




「来年はセイラーム様が主催者です。

 次はレイオス王子も自由に見ることが出来ますから…今年は私がご一緒させて頂きます。」


「…うん。」




 友歌は返事をしたが、上の空であった。サーヤは気付きつつも、そんなにレイオスと見たかったのかと少しうかれている。


 対して、友歌はぼんやりと月を見上げていた。──来年、見られるかわからないから。だから…。


 友歌はきゅ、と唇を噛んだ。それが友歌にだけ都合の良い話であっても、身勝手な“人間”である友歌は、やはり残念だという気持ちを抑えられないのであった。











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