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027. 精霊の信仰

 





 セイラームとの仲直りから数日、友歌は比較的平和な日々を過ごしていた。喉を衰えさせないために歌を歌い、書庫で帰る手段を調べ、訪れるレイオスと話す。


 態度が緩和されてきたセイラームが、友歌を見つけると寄ってくるようになった事の他には、特に変わりもなく毎日が過ぎていった。


 そうして、明後日──【朱月の顕現《けんげん》】の日である。





















 *****





















 朱月《あかつき》──太陽と月が重なった時に月に起こる現象を、エルヴァーナではそう呼ぶらしい。この世界でも、月より太陽の方が遠いようである。


 日蝕と友歌は認識しているが、月が赤く染まるのは月蝕なのである。昼の日蝕と、夜の月蝕。別世界だからこそなのだろうが、地球に住む友歌には明確に想像できない事柄だ。


 だがおそらく、太陽が月と重なるというのだから日蝕と呼んで間違いないであろう。そしてそれは、一年周期で行われるという──この世界の天体の関係が知りたいと思う友歌であった。




(しかも、その朱月から光が降りてくるとか…さすが精霊のおわす世界。)




 地球でそれが起ころうものなら、救世主の再来だ世界の破滅だなんだとメディアが騒ぐだろう。その光が明確な意思を持って人を選ぶと言うのだから、やはり太陽と月は春の精霊シュランと冬の精霊リュートの化身なのだろうか。


 ──見てみたい。


 科学では解明出来ないであろう、その現象を…舞姫が選ばれる所を見てみたい。数日後に迫った今、友歌の脳裏はそれで占められていた。


 もちろん、レイオスの許可も得て見ることは出来る。けれど、だからと言って初めて見られるそれに収まるようなものでもないのだ。




 遠足前の小学生のような気分を味わいながら、友歌はいつもの場所でレイオスの話に聞き入る。


 最近、友歌が【朱月の顕現】を心待ちにしているのを配慮してか、レイオスがその事を詳しく説明しに来るのである。友歌も友歌で、日が過ぎるたびに掘り下げられていく話に必死についていく。


 人間、興味のある事はとことん吸収していくのである。レイオスもそれを感じ取ってか、幼子よりも知識のない友歌にもわかるように気を付けていた。




「舞姫かぁ…どんな人が選ばれるんだろ。」




 話の合間、ぽつりと呟いた友歌に、レイオスが思い出すように天井を見つめる。




「ふむ…王族が選出された事もあるし、村娘の元に舞い降りた事もあるな。」


「へぇ…すごいなぁ。」




 やっぱり身分も隔てなく選ばれるのか、と友歌は考えた。それはそうだろう、精霊なんていう存在が、人間の階級を考えて選ぶなんてあってはいけない。


 そこまで考えて、友歌はふと思い当たった。




「…ねえレイ、【春冬の祈願】ってエルヴァーナ共通?」


「?」


「だって、精霊って国境まで考えないよね。」




 友歌が楽しみにしている【朱月の顕現】、及び【春冬の祈願】は、ラディオール王国の行事覧に書かれていた。けれど、日蝕に国境なんて存在するはずもなく、世界中でそれは見ることが出来るはずだ。


 つまり、ラディオール王国以外から選ばれても可笑しくないのである。だが、本を見るにラディオール王国以外で選ばれた形跡はなかったのだ。


 もっともな友歌の疑問に、レイオスは頷く。




「ああ、もちろん。

 だが──信仰については、そうではない。」


「信仰?」




 レイオスは、右手を挙げて見せた。




「もちろん、精霊に国境など存在しない。

 皆が精霊を敬っているし、人より上の存在として、歌や舞いを捧げて祈る事はどの国でもしている…けれど、それぞれ一番に敬っている精霊が違うんだ。」




 レイオスは右手の親指を折る。




「まず、ラディオール王国。

 ここは言うまでもなく、二大精霊…シュランとリュートを尊んでいる。」




 次に、レイオスは右手を全て握った。




「けれど、他の国ではほぼ──ほかの五つの精霊を敬っているところが多い。」


「…わっかんない。

 二大精霊の方が偉いんでしょ?」


「もちろん、規格外の力を有しているが…他の国々に言わせると、“それだけ”らしいな。」




 曰く、ちょっとした意識の違い。


 ラディオール王国では、五行の精霊と全く違う“季節”というものを司る二大精霊が信仰に値する、というもの。もちろん他の精霊達を疎《おろそ》かにするわけではないらしいが、やはりシュランとリュートは特別、という事らしい。もちろん、二大精霊に対する行事は五行の精霊を圧倒的にしのぐ。


 対して、他の国では“存在”が重要視されているらしい。言ってはなんだが、二大精霊は季節という曖昧なものを司っている上に、その系統の精霊が召還された事がないという。


 それはそうだろう…なんたって、“二”大精霊なのだ。それぞれ一人──“人”と言って良いのかわからないが──ずつしかいない精霊が、人間に喚ばれて制限されては、この世界にとんでもない影響があるだろう。


 けれど、五行の精霊はそれぞれたくさん居る(と、されている)。それならば、水源豊かな場所では水の精霊を、樹木の富んだ場所なら木の精霊を、鉱物があるのなら金の精霊という風に国に合わせた精霊を信仰した方が良い、という事。


もちろん、欠けている部分を補うために信仰する事もあるという。それぞれ、厚く信仰する精霊の行事が一番多く、手間が掛かっている。




 現に、今では国にそれぞれ重きを置いている精霊の特色が出ているらしい。それぞれに、言ってしまえば都合の良い信仰をする事で、その精霊の加護とやらが大量に得られると言うのだ。


 その“加護”が、ラディオール王国では【朱月の顕現】の赤と青の光に選ばれる二人の舞姫。そして、他では見られない“季節の流れ”であるらしい。




「ラディオール王国には、他にはない空気がある。

 春には何処よりも先に芽吹き、咲き誇り、美しい青々とした緑が我先にと花開く。

 冬には何処よりも先に雪が降り、一面の銀世界と静かで清浄な気配が全てを包み込む。


 大きなところで、二大精霊を信仰しているのはこの国だけだ…この国だけの、素晴らしい風景。」




 その情景を思い出しているのか、レイオスは笑みを浮かべた。その笑みを見て、友歌はようやく合点がいった。──そうか、だからこの国は、“冷戦状態”であってもこんなに穏やかなんだ。


 友歌は、窓の外を見つめる。そう、確かに…ここはすごいのだ。日本という平和な環境に居た友歌が、たとえまだ被害はないとしても、いつ戦争が起きるかもしれないという状況にいて違和感を…空気の違いを感じないはずがないのだ。


 それは、気持ちの問題。明日戦争が起きると言われても現実味がないだろう友歌と、すぐさま家族と逃げる準備をするだろうこの世界の人々との差。


 その“差”が、友歌には感じられなかったのだ。それは、きっとおそらく──二大精霊からの贈り物。せめて、何もない時には平穏な気持ちでいられるよう、視界から、耳から、五感から伝えてくれているもの。


 友歌も、ほんのりと笑みを浮かべた。それを見て、レイオスは更に嬉しそうに微笑む。




「もちろん、他にも二大精霊を信仰している場所はある。

 けれど、歴史が違う…真っ先にシュランとリュートを信仰し始めたのは、ラディオール王国が最初だと言う。」




 ──“舞姫”達が選出され始めたのを見て、慌てて信仰し始めたらしいぞ。


 にや、といたずらっ子のような笑みを浮かべたレイオスに、友歌も吹き出した。それはそうだろう──目に見える形で“加護”を与えられているんじゃあ!




「五つの…友歌の言う、五行の力を得たいと願うか。

 それとも、二大精霊の心の加護を願うか…やはりその差は大きい。」


「…なるほど、だからラディオール王国は“水準程度の国”止まりだったんだ。」


「…………言うようになったな。」




 だがその通り、とレイオスは笑った。




「実際、他の精霊を深く信仰している国は非常に富んでいる。

 先程も言ったように、医療が進んでいたり作物が多く採れたり…それに比べ、“季節”を司る二大精霊の加護は、所詮“季節”の事でしか無理だ。」




 二大精霊に近い火と水の精霊の影響か、気高い心と清潔な水、そして最先端ではないが確実な治療も、他の金や土の精霊よりはある。その水で作物を作ることも。


 けれど、物質的な恵みはないと言っても良い。それら全て、ほんの少しただよう精霊の力からラディオール王国の人間が発展させてきたものである。


 ──しかし、それで良いのだとレイオスはなんともないように笑う。




「“心”は、何にも代えがたい…兄たちも同じ意見だ。

 だから、二大精霊の信仰を止める事は絶対にない。」




 “火”の精霊は、強靱な心。それともまた違う、穏やかで、けれど芯を持てる心。それこそが、二大精霊の“加護”なのだと、レイオスは笑う。


 それを見て、友歌も笑みを浮かべ…内心で安堵していた。話していてわかったこと──そう、この国だからこそ自由と思想を守って貰えるのだと、友歌は思ったのである。


 その、穏やかで芯のある心を持つこの国だからこそ。実質的な恵みより、美しい情景を望むこの国だからこそ。


 友歌は、自分がいかに幸運な国に召還されたのかを実感していた。──別の国に召還されて同じ境遇が用意されるなど、考える事すらできない。




「…お祭り、楽しみだね。」




 それに満面の笑みを返す麗人に、友歌もほっと息を吐き、笑ったのだった。











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