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026. 精霊様の伝統

 





 真昼の太陽が、柔らかくその場を照らしている。冬月に近付いている今、強い日差しは段々となりを潜めていた。


 友歌はその場所──クリス王妃が作らせたという庭で、最終的な確認を行っていた。手足となっているのは、サーヤ一人だけである。


 そこに真っ白いテーブルとチェアを運んだ友歌は、満足そうに笑った。




「さて…いらっしゃいセイラーム姫。

 絶対仲良くなってみせるんだから…!」




 ぐっと拳を握った友歌に、サーヤは微笑みを浮かべた。──どうやら、根を詰めていた精霊様は殻を破ってくれたらしい。


 その肩に灰色の小鳥が乗っているのを見てほんのりと癒されながら、サーヤは言われたとおりに準備を進めていくのであった。





















 *****





















 あれから三日、友歌は全ての手はずを整えた。と言っても、友歌は特殊な手触りの大きな布を用意してもらい、切って縫ってを繰り返しただけである。


 けれど、友歌は服飾に自身があるわけではない。学んだ事と言えば、学校でエプロンを縫ったくらいである。祖母がとても上手だったらしいが、それも教わる前に亡くなってしまった。


 つまり──はっきり言って、素人の作品である。幼い頃から興味を持ち、今日に至るまでその腕を磨いてきたセイラームに見せるには心許ないものだ。


 けれど、友歌はあえてこれでいく事にしたのである。しかし、おそらく“興味”を持たせるには丁度良いだろうと友歌は思っている。




 実際、“仲良く”などなれなくてもいいのだ。あの廊下での激昂は心からのものだし、それを謝る気などない。セイラームにそれを訂正させる事も難しいだろう。


 ただ、それでも“敵対”する気はないと思って貰えれば良いのだ。セイラームとて、“精霊”である友歌の機嫌を損ねることだけは避けたいはずだ。


 現に──あの時より、セイラームの立場は少し大変な事になっているらしいから。




(…“精霊”か。

 使い勝手は良いけど、やっぱ面倒だなぁこの立場…。)




 あの廊下には、たくさんの人が居た。理由はわかっていないかもしれないが、それでも友歌が“怒って”いた事は伝わっているだろう。


 サーヤの情報によると、それがセイラームを肩身狭くしているらしいのだ。──『精霊を怒らせるとは何事か、』と。


 公式ではないが、ガウリル王からも注意があったらしい。思ったより大事になっており、友歌は目を剥いたのを覚えている。


 それだけ、精霊というものがもたらす効果は、とんでもなく作用するらしい。




 友歌は軽くため息を吐き、準備の出来上がった“お茶会”を見た。そう、友歌が用意していたのはお茶会である。


 と言っても、友歌がやり方を知っているはずもなく、サーヤが全て手配してくれたものだが。それでも、友歌の要望に応えようとサーヤは走り回ってくれた。


 感謝をしながらも、友歌は深呼吸をする。年下だろうが、相手は王女──緊張しないはずがない。けれど、あの天使の容姿を思い浮かべて、羨望を抱かないわけでもなかった。


 セイラームは、黄色と橙色を王族の色として持っているらしい。そしてやはり、金の精霊と相性が良いという。


 そして友歌が考えるに、金の精霊とは金属を操り、イコール…頑固、というイメージがあるのだ。強固で、どれだけ衝撃を与えても耐えうる。一筋縄でいくとも思わないが、それでも引き締めてかからないと足下を掬われそうな気もする。


 けれど同時に、金属と聞いて思う印象もあるのだ──すなわち。




「精霊様、どうやらお着きになられたようですよ。」




 カチャリと菓子を置き、サーヤが顔を上げた。友歌にはわからなかったが、どうやら精霊の力を使っているらしい。


 そんなに多用して大丈夫なのだろうかと思いつつも、友歌は頷き笑みを零した。そうして立ち上がり、手の平で裾をぱん、と払う。


 すなわち──“単純”。


 友歌はにこりと笑みを浮かべ、その姿を迎えた。





















 *****





















 現れたセイラームは、きょろきょろと辺りを見渡しながらその場に現れた。連れているのは、セイラームに仕える女中一人。


 そうして、立ったままの友歌を視界に入れ──目を見開いた。




「ようこそ、セイラーム姫。

 どうぞお座り下さい…ゆっくり話しましょう。」


「…え、え。」




 頷いたセイラームに、傍についていた女中が素早くこちらに近付き、そっと椅子を引いた。素直に座りつつも、セイラームの視線は友歌に釘付けだった。性格には、友歌の“衣装”に。


 食い付いた事に気付き、友歌もにこりと笑みを浮かべる。──挨拶より先に興味を持つか。




「珍しいですか?」


「…そ、そうね…見たことがないわ。」




 じっと穴が開くほどに見つめる視線に、やはり生まれる場所を間違えたのかもしれないなぁと思いながらも友歌は笑みを浮かべ続けた。──服飾関係に仕事を持っている人でも、ここまで情熱的にやってないと思う。


 友歌はくるりとその場を廻り、右手を挙げてみせた。




「着るのは久しぶりなのですが。

 “着物”…と、呼んでいました。」


「…………きもの、」




 自らの女中がお茶を淹れ終わっても、セイラームは視線を外さなかった。友歌は予想以上の成果に、内心ガッツポーズを幾度も繰り出していた。


 そう──友歌が四苦八苦しながらも作り、今来ているのは和服だった。もちろん、素人の手作りな上に時間もあまり取らなかったため所々誤魔化している。


 けれど、特有の長い裾や帯などは再現してみせたつもりである。着方は祖母に習った母から学んでおり、問題はなかった。和裁師の資格を所持していた祖母…出来れば友歌は、その技術も教わりたかった。


 歌手一直線であった友歌は、けれど、祖母の強い影響で日本文化に敏感である。片手間で良いから、和裁も教わりたかった。




 感傷に浸りながらも、友歌はセイラームの目を見つめる。


 友歌の手により、なんとか着物と帯の形をとっているそれは、もちろん青と白を基本とした涼しい色をしている。青に白の波のような模様の描かれた着物と、白に青の細い横縞の入れられた帯。


 どちらも、フェルトに近い感触を持った布から出来たものである。普通の布では浴衣のようになってしまい、友歌はそれでは今の時期は少し寒いと感じたのだ。


 フェルトと言っても、ちゃんと服に出来るようなものを選んで貰ったため、見た目も着心地もそれほど悪くない。惜しむは、やはり友歌の腕で作られたもの、という事であろう。




「私には知識がなかったものですから。

 でも、なんとか近いものは作り出せました。」


「…そうですわね、所々荒い部分がありますわ。」




 そう言いつつも、セイラームの瞳からキラキラはなくなっていない。やはり、真新しいものには興味を持つだろう。友歌は満足げに笑い、サーヤが引いてくれた椅子に座った。


 そう──いくら保守的であると言ったって、女の子がオシャレに興味がないわけないのだ。新しいものが出来なかったのはこの世界特有の思想であるとはいえ、それでも、やはり可愛いものが好きで、飾りたい気持ちは共通のはずなのだ。


 友歌は再びにこりと笑い、お茶菓子を勧めた。──今日は久々に頬がつるかもしれないと思いつつも、変な警戒を抱かせないためには、やはり笑顔は標準装備である。




「セイラーム姫が裁縫に秀でていると聞きまして。

 拙いながらも、私の知る伝統を知って貰いたかったのです。」


「…で、伝統ですか?

 精霊にも伝統があると…?」


「…さぁ、どうだったでしょう。」




 セイラームがぎょっとしたように視線を合わせるが、友歌はさらに笑みを深め誤魔化す。それを見て、セイラームは“まだ”教えて貰えないものだと解釈したらしく、咳払いをした。


 友歌は笑いつつ、着物に合わせてサーヤに選んでもらった簪《かんざし》に似た髪飾りを触る。金で出来た、鈴がいくつも連なったようなものである。


 それを見つつも、セイラームはおずおずと口を開いた。




「…その、着物というものについて教えて頂いても?

 わ、わたくしの腕なら、完璧に作ってさしあげられるかと!」


「本当ですか?

 作っている最中に懐かしくなってしまって…是非、お願いしたいですね。」




 ちらちらと服と友歌の瞳を往復させつつ、セイラームは言った。友歌は了承し、知る限りの事を話し始める。


 ──そう、金属は単純。熱を加えたり、気を付けて曲げたりするだけで、思う通りに変えられる。友歌はにこにこと笑いつつ、セイラームと話を続けていくのであった。




 数日後、セイラームが“精霊様”のご機嫌を損ねた、という話は聞かなくなった。


 代わりに、精霊の姿が見えるとそろそろと近付いていくセイラームと、嬉しそうに対応する精霊の姿が確認され、王女と精霊は仲が良いという噂が流れ始めるのであった。











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