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023. 食事会

 





「ようこそいらっしゃいました、トモカさん。」


「こんばんは、クリスさん…。」




 レイオスの左手に右手を添えたまま、友歌は静かに礼をとった。夜、静かな部屋に招かれた友歌は、いつかのようにまた緊張していた。


 しかも、今日は“歌い手”としてではなく“レイオスの精霊”としてである。宴の時よりさらに、心臓は音をたてて拍動していた。




「トモカさん、どうぞお座り下さいな。

 レイオスも…お料理が冷めてしまいますわ。」




 悪戯っぽく笑ったクリスに笑いかけ、友歌はレイオスを見上げた。レイオスは頷くと、勧められた席に友歌をエスコートした。


 丸く大きなテーブルには、すでに温かそうな料理が並べられていた。もちろん、友歌の改良したスープを使ったものもある。


 レイオスが右隣に座り、友歌はそっと視線を上げた。左にクリス王妃、レイオスのさらに右隣にガウリル王が座り──友歌のほぼ真正面の見慣れない茶を見る。




「…“初めまして”。」




 しれっと言い放ったその人物に、友歌はぴくりと口元が引きつった。





















 *****





















 オレンジ色の炎が部屋を灯し、ほんのりと温かい雰囲気を醸し出していた。どうやら光源は炎だけのようだが、暗さを感じないのは精霊の力だろうか。毛の長い赤い絨毯を意味もなく踏みつけつつ、友歌は目の前の青年を見つめる。


 土の精霊は知識を好む…友歌はその通りだと思った。


 長い茶髪の右側の一部が三つ編みにされ、途中で止められたそれは耳の前を垂れている。その他の髪は首より下のあたりでゆったりと結ばれている。何より目を惹くのは、右目を覆うレンズ…友歌の偏見だが、まるで執事が使っているような“眼鏡”だった。


 見るからに知的な印象を与える姿をしている。けれど、友歌が気になったのは別の事であった。




(この世界に眼鏡なんて文化が…!)




 こちらに来て初めて見た高等技術に、友歌は気付かれない程度に息を呑んだ。否、それとも似たような別のものなのだろうか?


 詳しく知りたいと思いつつも、友歌はじっとその人物を見つめ続ける。茶色と赤色を纏ったその男性は、にこりと笑った。──レイオスによく似た、口角を上げて目尻を下げる笑み。


 友歌は、レイオスと男性…ライアンが兄弟である事を、その表情だけで実感したのだった。




「…初めまして、ライアン王子。

 レイオスの精霊、友歌と申します。」


「僕の事は知っているようだね。

 ライアン=ラディオール…ラディオール王家の長兄です。」




 よろしく、とお辞儀をしたライアンに、友歌もそっと礼を返した。少し虚を突かれてしまったのは、思いの外ライアンが好青年だったからである。


 ──友歌はライアン=ラディオールという人物に対して、あまり良い感情を抱いてはいなかった。それは“妹”のセイラームに関してもそうなのだが、“兄”であるライアンにはさらにマイナス評価である。


 酷いことをされたのでも、態度が気に食わなかったわけでもない。ただ、友歌の心情を素直に表すとすれば──立場考えろ、である。




 そうでなくても、史上初であるというヒトガタの精霊であると言われている友歌。そして、そんな友歌が“選んだ”のは、“長兄”ではなかった。


 そんな友歌に、あんな一目のつく所でわざと会いに来たライアン。その時には周りに誰もいなかったようだが、扉から入った友歌、その後で入ってきたであろうライアン、少し経って手ぶらのライアンが出て行き、その後にライアンが持っていたはずの本を携えた友歌。


 少し考えれば、その場を見ていなくてもライアンが友歌に接触を図ったのだとわかるだろう。この世界にいる間、出来る限り大人しく過ごしていたい友歌を、ライアンはやすやす飛び越えてきてしまったのだ。


 そして、有らぬ噂を広められるのはライアンとて望んではいないはずなのだ。城では、王族である彼らを陥れようとする人なんて、五万といるのだろうから。




 友歌としては、文句…は無理かもしれないが、少しくらいは自覚してもらうよう言いたかった。けれど──悪気のない、もしくは自分のとった行動が間違っていないとでも言うような態度に、友歌は何も言えなくなったのである。


 ──そう、なんたって彼は、土の精霊を宿す者なのである。何か考えがあるのかもしれないし、けれどもしかしたら何も考えていないだけかもしれない。


 友歌としては、外見と中身が“合っている”事を祈るのみである。なんの算段もなしに訪ねてきたのだとしたら、友歌としては必要のない噂が蔓延《はびこ》った事になるのだ。それは流石にいただけない。


 自己紹介が済んだのを見て、ガウリル王はぱんっと手を叩いた。




「さて…積もる話もあるだろうが、まずは食事といこう。」




 頷き、レイオス達は近くにあったグラスを手に取る。友歌も少し遅れながら、周りとは違う色をしているグラスを持った。


 それを見たガウリル王は、以前のように手を高く掲げる。




「乾杯《チアーズ》!」




 グラスの奏でる音が鳴り響き、友歌は軽く混ざった液体を見つめた。周囲はすでに一口飲んでいる…友歌は意を決し、同じように口に含んだ。


 ほんのりとだが、酒の匂いが漂う。──乾杯では、本当は中身が混ざるほど勢いをつけるという事を、友歌はこの間の宴で初めて知った。


 皆の飲み物に毒が入っていない事を…毒を入れていない事を証明するため、中身を混ぜ合う。すでに地球ではほぼ廃れている風習だが、この世界ではまだ生きていた。


 宴の時は初めから“礼儀”としてしか渡されなかったため、友歌のグラスと他の中身が混ざらなくとも問題はなかった。──というより、友歌が“飲める”事がわかったのは皆飲んでしまった後で、手遅れであったのである。


 けれど、今は違う。王も王妃も、そしておそらくライアンも知っている。つまり、敵意がない事を知らせる意味でも、飲まなければいけなかった。


 ──たとえ少量、混ざった酒が入っていたとしても。




(ううう…おばあちゃんお母さん日本国憲法さんごめんなさい…。

 食洋酒だと思えば大丈夫だよね…少しだけだし!香るくらいだし!!)




 友歌は、御神酒など行事で飲む以外、酒のものを飲んだことはない。周りではすでに“大人”の仲間入りをしたかったのか飲んでいた子もいたが、友歌は頑なに拒んでいた。


 無理しなくとも数年後には飲めるようになるし、社会になれば否が応でも──飲むかどうかはともかく、機会は訪れる。つまりはこの瞬間、友歌は今まで守ってきた固定観念を破ったのである。


 ──この世界では、十六から成人だという。郷に入らば郷に従え…この世界で憲法は通用しないのだと、友歌は内心罪悪感を感じながらも飲み下した。




 そんな友歌の心情など気にもせず、少し欠けているが久々に揃っての食事であるらしいラディオール王家は賑やかに食事を楽しんでいく。サーヤによると、王族の子供は友歌の知る三人だけらしい。


 セイラームを除いたその光景は、やはり少し寂しく見えてしまった。それを感じ取ったのか、クリスはくすりと笑う。




「セイラームにも困りものですわ…家族よりも“趣味”を取っちゃうのですもの。」




 誰に似たのかしら、なんて呟くクリスに、友歌はグラスのドリンクを飲み、そういえばと思考を巡らす。




「その、宴の時にも趣味で出席しなかったと聞きましたが…、」


「うふ…ただの裁縫ですわ、トモカさん。

 女中頭のマリーヌに教わっているのです。」


「さ、裁縫…ですか。」




 困り者、と言っておきながら、嬉しそうにそう言った王妃は、どうやらお茶目な人柄らしい。しかしどうやら、趣味をとって行事をすっぽかす事を許されるほどにはプロ並みの腕のようで。


 生まれる場所を間違えたのね、などと自ら言ってしまうクリスに友歌は苦笑を禁じ得なかった。けれど、彼ら五人家族の衣装はほぼセイラームの縫い物だと言うのだから、そのすごさは見てわかる。


 作りは丁重だし、色合いもとても丁寧だ。何より、王族の身に纏うものというのはそのまま国の評価に繋がる。良い物を着れば着るほど、着こなせば着こなすほど良いらしい。


 つまり、下手な針子に頼むより良い物に仕上がる、という事である。感心しつつ、友歌はセイラームを思い浮かべる。金色の髪に、淡い黄色を宿した瞳の天使。そして、上から目線を色々と思い出し、友歌はそっと撃沈した。──うん、次会ったらもう少し穏便に行きたい。




「そういえばトモカさん、このスープを改良して下さったとか…。」


「あ、すみません…勝手に。」


「いえいえ、前よりずっと香りも味も良くなって。

 わたくし、感動しました…料理人達も意欲を刺激されたらしく、新しい料理法を生み出そうと躍起になっているのです。」




 日々、味が良くなっていくのがわかるというクリスに、友歌は目線を逸らし照れた。王族の人にまでそう言ってもらえるなら、助言した友歌としても嬉しい事であるし、料理人も冥利に尽きるだろう。


 ただ、友歌の場合は私情を多々含むので若干胸が痛んだが、喜んでもらえるのは本当なのですぐさまそれを払った。折角の食事に、そういう感情は要らない。


 ただ、クリスばかりが友歌に話かけ、男性陣が静かにそれを聞いているというのが気になった。けれど別段嫌な空気でもなかったので、友歌もクリスとの会話に夢中になる。久々の女性と話す機会である、というのも拍車をかけていた。




 今まで会ったことのある女性と言えば、サーヤとセイラームくらいなのである。セイラームは論外だし、サーヤもレイオスより一つ年上なだけで、ある意味お友達という意識も滲んできている。


 クリスとの会話は、まるで母や祖母と話しているかのような安心感を友歌に与えた。ただただ、気になった話題を上げ連ねていく。──“お友達”なサーヤは、それでも女中であるという事実がある。


 友歌は、王妃ではあるが多少は融通が利きそうなクリスとの気兼ねない会話をこれでもかと楽しんだのだった。




 その食事会が終わった後、あれだけ緊張していたライアンとの再会だったのに、何事も話さず終わってしまった事に気付いた友歌は呆れた。


 上手にクリスに乗せられてしまったのか、それともタイミングが悪かったのか。けれどとりあえず、友歌は“公式の場でライアンと会う”という自分への指令は完遂した。それに、縁が有ればまた話すこともあるだろう。


 そしてもう一人──“公式の場でセイラームと会う”という同じ指令も残っているのに気付き、ベッドに俯せに倒れ込んだ。


 しかしひとまずは、レイオスの兄が良い人のようで安堵する友歌であった。











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