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011. 宴【下】

 




「大丈夫か?」


「うん…行ってきます。」




 案じるようなレイオスの言葉に頷き、小さく返すと友歌は中央に進み出る。シャンデリアの真下、周りの人々が円になり囲む中…友歌はそっと礼をする。


 そうして瞳を閉じ、精神を集中させる。そして、ゆっくりと目を開くと──軽く息を吸い込んだ。





















 *****





















 友歌が壁の花となりさらに数十分後、ようやくレイオスの周りから女性が離れ始めた。諦めたのか手応えを感じたのかはわからなかったが、友歌はようやく一息吐いた。さすがにこれ以上は、暇になり始めていたからだった。


 王子の精霊という肩書きがある友歌に、話しかけようとする人がいなかったのも原因の一つである。それは有り難いことだったが、つまらないと感じていたのも本当だった。


 少しくだびれた様子のレイオスが近付いてきたのを見て、友歌は近くにあった飲み物をとる。




「お疲れ様。」


「ああ、」




 素直に受けとり、レイオスはそれを飲み干した。用意されているのはワインのようなものの他に、味的にはスポーツドリンクに似たものもあったため、友歌は後者の方を渡した。ちなみに、友歌が乾杯の際に受け取ったのもそれだったりする。


 ワインはまだ飲みたくないなぁと思いつつ、友歌は杯を置くレイオスを見つめる。──どうやら、レイオスは望んで女性達に囲まれていたようではなかったらしい。


 とん、と友歌の隣の壁に背を預けつつ、レイオスは軽く首を鳴らした。周りは、そろった王子とその精霊に視線を集める。ここまでくると慣れてきた友歌はそれを軽く無視し、レイオスもレイオスでいつもの事だったので気にしていない。


 二人で大人しく壁の花となっていると、ふと周りの空気が変わった。見れば、端の方で楽団らしき人々が楽器の準備を始めている。


 それを見た友歌は隣のレイオスを見上げると、レイオスも友歌を見ていた。




「…そろそろ?」


「ああ、おそらく…。」




 頷いたレイオスはその楽団に目線を戻し、友歌はそっと王様に目をやった。その言葉だけで通じた二人は、全く同じタイミングで息を整える。


 そうして──ゆっくりと、音楽が奏でられ始めた。




(あ…民謡かな。)




 弦楽器が主旋律を、テンポは打楽器…そして、軽やかな笛に低い管楽器が音に深みを与えている。見たことのないものが多かったが、友歌にとっては些細な事だった。さすがに城に招かれるだけはあって、上手い。


 友歌の瞳が楽しそうに輝くのを見て、レイオスも頬を緩める。精霊が音楽や舞踏、歌を好むとは言われていたが、実際に喜んでいる姿を見るとそれが本当だと思えたし、ただ友歌が楽しいことを純粋に喜んでいた。


 周りの者も、友歌が明らかに音楽に聞き入っているのを見てそれにやはりと頷き合っていたし、楽団は楽団で、今までのどの舞台以上に真剣に必死に奏でているのだが、友歌が気付くことはなかった。


 ──そう、こちらに来て初めて聞く音楽に入り込んでいったのである。




「楽しんでくださってますかな、精霊殿。」




 だからこそ、急に話しかけられた友歌はすぐに反応出来なかった。王様と王妃が、友歌達の傍に歩み寄っていた。




「父上…。」


「ああ、レイオス…どうだろう?

 今、城下でも有名な楽団を喚んでみたのだが…、」


「はい、素晴らしい音にございます。」




 気を引いてくれた事に感謝しながら、友歌は自分を見てくる王妃に少し礼をして視線を合わせた。王妃は、にこりと笑う。




「初めまして…クリスと言いますわ。」


「、初めまして…友歌とお呼び下さい。」


「トモカさん…はい、覚えました。」




 くすくすと笑う王妃はご機嫌な様子である。友歌は安堵しながら、言葉選びに慎重だった。──えっとあまり敬語は遣わずにでも偉そうにならないように…って難しすぎるよレイ!


 意識して心臓を落ち着かせながらも、友歌は粗相のないように必死だった。




 ──この世界では、愛称が大事にされているらしい。地球では、どちらかというと真名《まな》なんて呼ばれる魂の名前が重宝されるが、この世界は逆らしい。


 精霊に嘘は通じない。精霊は真実を好む。──つまり、精霊は真っ直ぐなものが大好きだという。名前を偽るなんてもってのタブー。


 つまり、出会って名前を告げ合う事は、『精霊に誓って貴方を信用します!』というなんとも重たい意味を含むのだ。


 そして何故愛称が大事にされるかというと、唯一縮めたり言いやすくしたりで真名の呼び方を変えられる、イコール『真実を曲げてでもあなたにそう呼ばれたい!』という事らしい。


 親でさえ簡単に呼べないほどで、許可もなくいきなり愛称で呼ぶのは挑発や侮辱の意らしい…罪が重いと判断された場合、死刑のようなものまで適用されるという。


 だからこの世界では、どんな高級なものにも勝る名誉として色んな契約の時にも使用される。庶民から国王まで、求婚しかり約束しかり。


 最高の貢ぎ物だという歌といい、これまたエコな事だと感心しつつも、サーヤがいつまでも“精霊様”呼びなのはそのせいかと友歌は少し気落ちした。──そりゃ、そんな大切なものだったら呼んでくれないよね…。




「トモカさんは、歌が得意だとお聞きしましたが…?」


「、はい。」


「まあ!是非お聞かせくださいませ。

 精霊様の歌が聞けるだなんて、末代まで自慢出来ます。」




 ──歌う事は確定しているのに、わざわざ確認してくるとは…なんという茶番であろうか。まあ、王族からのお強請りという方が、友歌にとっては良い事ではある。


 つまり、精霊から歌わせてくれというのは王族に願う行為であり、王族より下であると認めるという事なのだ。それは友歌が最も拒否したい事であるし、王族にとっても精霊に願いを聞いて貰えたという方が、精霊至上主義のこの世界では聞こえが良い。


 貴族だけではなく王族も大変なものだと、友歌はそう思いながら礼をした。いつの間にか、音楽も鳴り止んでいる。




「…お任せください。」




 ──そうして、冒頭に戻るのだった。





















 *****





















「踊る 道化師のように


 苦も痛みもなく 笑って


 歩みゆく 人生の先は


 どんな 終わりを告げるだろう


 城の お姫様のように


 飾られ黙って 決められて


 操られる その先は


 どんな 道があるだろう──」




 歌うものは、前の続き──小学校の時にやった演劇の挿入歌である。物語に沿った歌は音楽の先生作詞作曲、本人も自信作だと大喜びしていたものだ。


 友歌も、大好きな歌達である。これは──旅立った少年が、ある劇団にいる少女と出会い、その時に歌われる。


 少年の村では、病が流行ってしまった。薬は、遠い遠い国の中心の街に咲くという花の蜜。元気な者は少年のみ…両親を、村の人を助けるために少年が旅立つ、そういう物語だ。


 劇団にいた少女は、その病のせいで村の全てを失い、運良く拾われそこで歌を歌っている。そして、その劇団も栄えているという中心の街に行くらしい。少年も乗せて、劇団は街に行く──その時に、馬車に揺られながら劇団と共に歌う…という設定だ。




「遠い遠い その場所では


 夢も希望も 叶うという


 優しい花が いつまでも


 咲き誇り 輝くという


 探しにいこう いつの日か


 その花を 手に掴むまで


 道化師も お姫様も


 真実の笑みを 取り戻す


 探しにいこう 探しにいこう


 本当の幸せを 得るために──」




 ──友歌は思う。はっきり言って、小学生でやるには難しい内容だった。見に来ていた保護者の反応も両極端。けれど、小学校六年間という思い出の中で、一番心に残っているものである。


 先生方もこれを狙っていたのだろう。記憶に薄れやすい小学校の時代に、何か強烈な印象を植え付けたかったと卒業時に言っていた気がする。


 先生方の思い通りだ。現に、別世界に来てまで友歌が歌っている。




「探しにいこう 探しにいこう


 その場所へ きっときっと


 笑み絶やさず 前を向いて


 幸せを 掴みにいこう──…」




 だから、この歌を聞いてレイオス達がどう思おうが、友歌は構わない。一人の親のように、相応しい内容でないと憤るもよし。一人の親のように、素晴らしいと絶賛するもよし。


 先生曰く、認められるためにやったのではない。それなら、合唱曲を歌った方が良いだろう…これは友歌達への思い出作りだと、友歌の学年の先生方ははっきり言ってのけた。


 ──歌詞に使われている言葉は、実は生徒の募集である。好きな単語を好き勝手に紙に書き、それを音楽教師が整え、滅茶苦茶ながらも歌詞と呼べるまでにし、伴奏を作った。そう、友歌達がありのままに、深く考えずに綴った言葉の一つ一つが、歌に込められている。


 友歌達の、小学生時代の結晶──だからこそ友歌は、この歌達が好きだった。世間も何も知らない、まっさらな自分たちが、ただ好きな言葉を連ねただけの歌。売れるためではない、ある意味友歌の歌の原点である。


 “楽しむための歌”…そう、この歌ほど、作者の意図も歌の意味も考えずにありのまま歌えるものはない。そして、この演劇を素晴らしいと褒めた親の中に、友歌の母も入っているのだ。




 友歌は、いつの間にか閉じていた瞳を開く。物語を知らなければ、きっとわからないだろう歌…けれど、教える気はない。ただ、真っ白だった自分達を、感じて貰いたかったのだ。


 そして明るくなった視界、見えたものに、友歌は言葉を失う。




「…なんという、」




 声は誰が零したものなのか。…その場の全員が、静かに涙を流していた。友歌は、ほんの少しだけ後悔する。──選曲、ミスったかもしれない…否、訴えすぎたかも。


 この出来事が、後の友歌の行く先を決めるのかはまだ、わからない。けれど確実に、友歌の周囲を取り巻く小さな歯車が一つ、静かに回り始めた──。











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