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婚約破棄された翌日、私は王宮の墓場に就職して定時退社を選んだ  作者: 九葉(くずは)
第5章

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第45話 竜の谷に到着、そこはゴミ屋敷だった

伝説とは、得てして美化されるものである。

遠くから見る山が青く美しくても、登ってみればゴミだらけだったりするように。


数日にわたる魔境ドライブの果て。

私たちの乗る「居住型魔導馬車」は、分厚い瘴気の霧を抜け、ついに目的地へと到達しようとしていた。


「ママ! ママ! ここ、すっごくおいしい匂いする!」


ルンが窓にへばりつき、尻尾をバタバタさせている。

大型犬サイズになった彼の尻尾は凶器だ。

クッションがボフボフと音を立てている。


「落ち着きなさい、ルン。……クロード様、外の様子は?」


「ああ。霧が晴れたぞ。……ここが、『竜の谷』か」


御者台からの声に、少しの緊張と、困惑が混じっていた。


私は期待に胸を膨らませて、遮光カーテンを開けた。

図鑑によれば、そこは水晶の柱が立ち並び、虹色の魔力が川のように流れる、この世の楽園――のはずだった。


「……はい?」


私は目を疑った。


窓の外に広がっていたのは、灰色一色の世界だった。


地面には、灰のような粉が膝丈まで積もっている。

木々は立ち枯れ、岩肌は薄汚れた鼠色。

空はどんよりと曇り、そこから絶え間なく、フケのような白い粉が舞い落ちてくる。


「……汚い」


思わず本音が漏れた。

楽園?

いいえ、これはどう見ても、掃除を放棄されて数百年が経過した「ゴミ屋敷」の庭先だ。


「ママ、みて! ごはん、いっぱい!」


ルンだけが大はしゃぎだ。

ダストドラゴンの彼にとっては、この灰色の粉(魔素のカス)は、降り注ぐスナック菓子のようなものらしい。


「降りますよ。……マスクを忘れずに」


私は《洗浄》魔法で周囲の空気を浄化しながら、馬車の扉を開けた。


          ◇


一歩外に出ると、空気が重かった。

物理的な重さではない。魔力の密度が濃すぎるのだ。

普通の人間なら、吸い込んだ瞬間に魔力中毒で倒れるだろう。

だが、私にはクロード様の結界と、ルンという「空気清浄機」がついている。


「グォォォォォォ……ッ!」

「ガアァァァァ……ッ!」


地響きのような唸り声が、谷底から響いてくる。

敵意ではない。

苦悶の声だ。


「……あれを見ろ、エリアナ」


クロード様が指差した先。

灰色の霧の中から、巨大な影がいくつも現れた。


ドラゴンだ。

体長10メートルを超える巨躯。

鋼鉄よりも硬い鱗。

鋭い爪と牙。

人類が恐れる最強の種族。


しかし、今の彼らの姿に「威厳」は欠片もなかった。


『痒い……痒いぞぉぉ……』

『背中が……届かぬ……』

『誰か……岩で擦ってくれ……』


ドラゴンたちは、岩山に背中をゴリゴリと押し付けていた。

地面を転げ回り、のたうち回っている。

その体表には、分厚い垢――魔素のカスがびっしりと固着し、本来の鱗の色を隠してしまっている。


「……なんてこと」


私は口元を押さえた。

不潔だ。

許しがたいほどに不潔だ。

痒みで精神が蝕まれるのも無理はない。


その時。

群れの中央から、一際巨大な影が立ち上がった。

山のように巨大な古竜だ。

その黄金の瞳が、私たち……いや、私の横にいるルンを捉えた。


『……ん? その魔力の波長は……』


重低音が空気を震わせる。

巨大な竜が、ズシン、ズシンと近づいてくる。

クロード様が剣に手をかけるが、竜に敵意はないようだった。

竜はルンの目の前で止まり、鼻を近づけて匂いを嗅いだ。


『……間違いない。この銀灰色の鱗。そして、この竜王である私の血統に連なる魔力の響き……』


竜の瞳が、驚愕と歓喜に見開かれる。


『お前は……あの大嵐の日に失われた、我の卵か!?』


「……たまご?」


ルンが首を傾げた。


『そうだ! 空間の裂け目に落ち、二度と会えぬと諦めていた末の息子よ! 生きていたのか!』


竜王が感極まった声を上げた。

どうやら、ドラゴンは視覚ではなく、魔力の波長で親子を認識するらしい。

卵の時に生き別れても、魂の波長一致したということか。


『おお……我が子よ! 父だぞ! 分かるか!?』


「……パパ?」


ルンが瞬きをした。

本能が告げているのだろうか。

目の前の巨大な竜から感じる温かい魔力が、自分と同じものであると。


「このおおきいの、パパ?」


『いかにも! さあ、こっちへ来い! 抱きしめさせてくれ!』


竜王が涙ぐみながら(目ヤニが凄いことになっているが)、ルンに頬ずりをしようと顔を寄せた。

感動の対面だ。

数奇な運命を乗り越えた、親子の再会。


しかし。


ブワッ。


竜王が動いた拍子に、その体から大量の白い粉(フケのような垢)が舞い散った。

ボロボロと、塊になって落ちてくる。


「…………ッ!!」


ルンの目が、カッと見開かれた。

感動ではない。

獲物を見つけた時の目だ。


口元から、タラリとよだれが垂れる。


「パパ……おいしそう!」


『……は?』


竜王が固まった。


「パパ、ごはん、いっぱい! すごい! おいしいそうなの、くっついてる!」


ルンは尻尾をブンブン振って、竜王の体にへばりついた垢を見上げている。

彼にとって、目の前の父親は「感動の再会相手」であると同時に、「歩く特大スナック菓子」に見えているのだ。


『お、おいしそう……だと? 我が子よ、父を食べたいと言うのか!?そうか、塵旋風竜(ダストドラゴン)として生まれたのか、珍しいな。』


竜王が戦慄して後ずさった。

再会の第一声が「美味しそう」だなんて、ドラゴン界広しといえど前代未聞だろう。


『言わないでくれ……。我らとて、好きで汚れているわけでは……。長き時を生きれば、魔力は澱み、体に張り付く……。これを落とせるのは、自分より強いブレスのみ……。だが、自分の背中にブレスは吐けぬ……』


悲しきジレンマだ。

長生きしすぎて垢が溜まったが、孫の手がない状態。


私は杖(掃除用モップの柄)を握りしめ、一歩前へ出た。

状況は理解した。

これは、完璧な「需要と供給」の一致だ。


「……ご挨拶いたします、竜王様」


私はカーテシーをした。

相手がトカゲだろうと王族だろうと、礼儀は欠かさない。


「エリアナ・ベルンシュタインと申します。ルンの……まあ、保護者兼飼い主です」


『人間よ。……我が子を育ててくれたことには礼を言う。だが、その子はなぜあのような目で我を……』


「お腹が空いているのです」


私はきっぱりと言った。

ちらりと時計を見る。

16時30分。

定時まで、あと30分しかない。


「竜王様。単刀直入に申し上げます。……貴方、非常に汚れていますね」


『ぐっ……!?』


竜王が胸を押さえた。

図星を突かれてダメージを受けている。


「その垢。貴方にとっては『不快な汚れ』でしょうが、この子にとっては『最高のご馳走』なのです」


私はルンを撫でた。


「たべたい!」


「痒いのでしょう? イライラするのでしょう? ……私が、落として差し上げましょうか? そして、この子に満腹になってもらいましょう」


『……落とす、だと? この数百年分の「呪い」にも似た澱みを? 人間ごときに何ができる!』


竜王が咆哮した。

衝撃波が飛んでくる。

クロード様が前に出て障壁を張ろうとしたが、私はそれを手で制した。


「ルン。……味見をしてみなさい」


「アイアイサー!」


ルンが飛び上がった。

そして、竜王の鼻先にこびりついた、巨大な垢の塊に食らいついた。


ガリッ!

バキバキッ!


「おいしい! あまーい!」


『ぬおっ!?』


ルンは一瞬で垢を噛み砕き、飲み込んだ。

すると、竜王の鼻先の一部だけが、生まれたてのようにピカピカに輝き出した。


『……か、軽い……! 鼻が、呼吸が楽だ……!』


「私の魔法で汚れを浮かせ、ルンがそれを食べる。……このセットなら、貴方たちを『新品』に戻せます」


私は杖を突きつけた。


「どうしますか? このまま痒みに耐えて一生を終えるか。それとも、私達に身を委ねて、極上の爽快感を手に入れるか」


悪魔の囁き。

いや、救世主の提案だ。


竜王の目が泳いだ。

プライドと、痒み。

葛藤は一瞬だった。


『……た、頼む……! 洗ってくれ! 背中の! 肩甲骨の内側を!』


王が陥落した。

すると、周囲で見ていた他のドラゴンたちも、雪崩を打って押し寄せてきた。


『ズルいぞ王よ! 俺も!』

『私の方が痒いのよ!』

『人間様! ここ! ここを掻いてくれ!』


数十頭の巨大ドラゴンが、餌に群がる鯉のように殺到する。

地響き。

圧死の危機。


「並びなさい!!」


私は大声を出した。

《拡声》魔法を乗せた一喝が、谷にこだました。


ピタリ。

ドラゴンたちが止まった。


「私は一人です。ルンも一匹です。全員一度になんて無理です」


私は懐から、メモ帳を破いて作った「整理券」を取り出した。


「現在時刻、16時35分。……本日の営業時間は17時までとなっております」


私は時計を指差した。


「本日は、残り25分。……対応できるのは、竜王様のみです。他の方は、明日また出直してください!」


『ええー……』

『そんなぁ……』


「文句があるなら、私は帰ります。馬車に乗って、今すぐに」


私が踵を返そうとすると、ドラゴンたちは慌てて首を振った。


『わ、分かった! 並ぶ! 並ばせてくれ!』

『俺は二番だ!』

『私は三番!』


巨大なドラゴンたちが、お行儀よく一列に並び始めた。

シュールな光景だ。

だが、これが「管理者」の力だ。

需要と供給を支配する者が、この場の王なのだ。


「よし。では竜王様、前に」


私は腕まくりをした。


「クロード様、お湯の準備を。ルン、パパを綺麗にしてあげましょう。……お腹いっぱい食べていいですよ」


「ヤッター! いただきまーす!」


ルンが涎を垂らして飛びついた。

竜王が「ひっ」と小さな悲鳴を上げたが、もう逃げられない。


さあ、仕事の時間だ。

伝説の古竜を洗濯するなんて、前世のクリーニング屋でも経験したことがない難易度だが。

やることは同じだ。


汚れを見つけ、分解し、消し去る。


「……覚悟してくださいね、竜王様。私の洗浄は、骨の髄まで響きますよ」


私は杖を振り上げた。

定時までの25分一本勝負。

プロの掃除屋の技、見せてあげようじゃないか。

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― 新着の感想 ―
どんどん壮大な物語になってくな…笑
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