表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された翌日、私は王宮の墓場に就職して定時退社を選んだ  作者: 九葉(くずは)
第4章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/41

第37話 国王の腰痛と、究極のクッション

椅子とは、権力の象徴ではない。

臀部おしりと腰椎を支えるための、物理的な装置である。


その基本原則を忘れた時、悲劇は起こる。


「……あ、あだだだだ……っ!」


悲痛な呻き声が、図書室に響き渡った。

運び込まれてきたのは、豪奢な担架に乗せられた巨体。

我が国の国王、ルイ・ルテティア陛下だ。


「陛下!? どうされたのですか、そのお姿は」


私は驚いて駆け寄った。

普段は筋肉の鎧を纏ったような壮健な義兄様が、今は生まれたての小鹿のように震えている。

脂汗を流し、腰のあたりを抑えてピクリとも動けない。


「……すまん、エリアナ。……やっちまった」


「まさか、戦場ですか? 刺客ですか?」


「いや……。『玉座』だ」


「はい?」


「玉座に座ろうとして……グキッといったのだ」


ギックリ腰である。

急性腰痛症。

魔獣を素手で倒す国王が、椅子に座る動作だけで戦闘不能になるとは。


「フフフ……。やはり凡人には、あの玉座の『高み』は理解できなかったか」


背後から、聞き覚えのあるキザな声がした。

建築家レオナルドだ。

彼は今日も派手な蛍光ピンクのマントを羽織り、勝ち誇ったように立っている。


「レオナルド様。……まさか、原因は貴方ですか?」


私は低い声で問いただした。


「原因とは失礼な! 僕はただ、王の威厳に見合う玉座をデザインしただけさ!」


彼は一枚の写真(魔導写真)を取り出した。

そこには、新しく作られた玉座が写っていた。


素材は黒曜石。

背もたれは天を突く剣のように鋭く、座面は斜めにカットされた岩そのもの。

クッション性はゼロ。

座るというより、「岩場にしがみつく」ようなデザインだ。


「『断崖絶壁の玉座』だ! 常に緊張感を持ち、背筋を伸ばさなければ座れない構造になっている。王たる者、安らぎなど求めてはならないというメッセージさ!」


「……馬鹿ですか」


私は即座に吐き捨てた。


「人間は、緊張し続けると筋肉が硬直します。その状態で無理な姿勢を取れば、関節に負荷がかかるのは当然です。……貴方は陛下を殺す気ですか?」


「美のためなら、肉体の苦痛など些細なことだ!」


「腰痛を舐めないでください! 腰は体のかなめです。腰が砕ければ、剣も振れず、書類も書けず、国は停滞します!」


私は担架の上のルイ陛下を見た。

彼は涙目で頷いている。


「エリアナの言う通りだ……。あれは座るだけで太腿が攣る……。頼む、助けてくれ……」


「お任せください」


私は腕まくりをした。

このままでは、義兄様が廃人になってしまう。

それは、クロード様の負担が増えることを意味する。

断固阻止せねばならない。


「陛下に必要なのは、『威厳』ではなく『回復』です。……レオナルド様、本物の『機能美』を見せて差し上げましょう」


私は準備に取り掛かった。

目指すは、前世で「人を駄目にする」と恐れられた、あの伝説のクッションの再現だ。


          ◇


材料は揃っている。


まずは、カバー。

これはドレスに使った「天蚕シルク」の余り布を使う。

伸縮性に優れ、肌触りは最高。

どんなに形を変えても破れない強度がある。


次に、中身。

本来なら発泡ビーズを使うところだが、この世界にはプラスチックがない。

代用するのは、「乾燥豆」だ。

物流革命を起こした際に大量にストックしておいた、小粒で丸い豆。


「……これに、魔法をかけます」


私は豆の入った袋に手をかざした。


「対象、豆の表面」

「作用、摩擦係数の低減」

「――《超・潤滑スーパー・スムーズ》」


私の《洗浄》魔法の応用だ。

表面の微細な凹凸を極限まで滑らかにし、豆同士が水のように流動するように加工する。

これにより、砂よりも滑らかで、空気のように軽い流動体が完成する。


この「魔法の豆」を、シルクの袋にパンパンに詰める。

巨大な白い塊。

見た目はただの巨大な餅のようだ。


「完成です」


私はそれを、ルイ陛下の横に置いた。


「……なんだそれは? 巨大なゴミ袋か?」


レオナルドが鼻で笑う。


「座ってみれば分かります。……さあ、陛下。ゆっくりと体を預けてください」


私は騎士たちに手伝わせて、ルイ陛下をクッションの上へと移動させた。


「うう……痛いぞ、痛いぞ……」


陛下が恐る恐る、腰を下ろす。


ズブブブブ……。


音がしなかった。

体が、沈んでいく。

しかし、底付きはしない。

無数の極小ビーズが、陛下の体のラインに合わせて流動し、隙間なく包み込む。

腰のカーブ、お尻の重み、背中の広がり。

すべてを「面」で支えることで、体圧が完全に分散される。


「……あ?」


陛下の動きが止まった。

苦痛に歪んでいた表情が、呆然としたものに変わる。


「……痛く、ない?」


「腰への負担がゼロになるよう設計しました。まるで雲の上に浮いているような感覚のはずです」


「お、おお……」


陛下が、さらに深く体重をかけた。

クッションが変形し、リクライニングチェアのように背中を支える。


「おおおおぉぉぉ……」


陛下の口から、魂が抜けるような声が漏れた。


「……溶ける」


彼は呟いた。


「腰が……筋肉が……ほどけていく……。なんだこれは、魔法か? いや、これは……母の胎内か……?」


豪快な国王陛下が、巨大な白いクッションに埋もれて、幼児のような幸福な顔をしている。

完全に「駄目」になっていた。


「な、なんだと……?」


レオナルドが目を見開いた。


「ただの袋だぞ!? 装飾も、彫刻もない! あんな不定形なものが、美しいと言うのか!?」


「形がないからこそ、美しいのです」


私は断言した。


「座る人によって形を変え、その人に最も適した安らぎを提供する。……これぞ『究極のオーダーメイド』。機能が形態を作る、デザインの極致ではありませんか?」


「……機能が、形態を作る……」


レオナルドが衝撃を受けたように後ずさった。

彼の理論(美が人を支配する)とは真逆の発想。

だが、目の前には、至福の表情で沈んでいる国王がいる。

その説得力は絶大だ。


「……負け、だ」


レオナルドがガクリと膝をついた。


「僕の黒曜石の玉座は、王を拒絶した。だが、君の袋は、王を受け入れた……。建築家として、住み手の安らぎを奪っていたことを認めよう」


彼は悔しげに唇を噛んだ。

少しは反省したらしい。


「エリアナ! これは良いぞ!」


クッションの中から、ルイ陛下が叫んだ。


「余は決めた! 今日からここで執務をする! もう一歩も動かんぞ!」


「それは困ります」


私は即答した。


「ここは図書室です。執務室ではありません。……そのクッションは差し上げますので、持って帰ってください」


「いやだ! 動かすと形が変わってしまうかもしれん! ここで寝る!」


「駄目です。邪魔です」


駄々をこねる国王。

困り果てる騎士たち。

呆然とする建築家。


私の平穏な図書室が、またしてもカオスな空間になってしまった。


ふと足元を見ると、ルンがレオナルドのマントの裾(ヒラヒラしたピンク色の布)を、じーっと見つめていた。

口元からよだれが垂れている。


(……ルン、それは食べちゃ駄目ですよ)


心の中で注意しつつ、私は深いため息をついた。

腰痛は治ったかもしれないが、今度は「怠惰病」という新たな病を国王に感染させてしまったようだ。


これでは、私がサボるための場所がなくなってしまう。

早急に、陛下を丁重にお帰りいただく方法を考えなければ。


だが、その騒動の裏で。

私の足元にいるルンの体に、異変が起き始めていた。

脱皮の兆候。

そして、背中の翼が、以前より明らかに大きくなっていることに、私はまだ気づいていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
陛下・・・自分で呼んで勝手にする権利を与えたレオナルドがやったことですから 文字通りの自業自得ではないでしょうか? ただ、他国およびこの国でレオナルドの何処に高い評価を与えられる要素があるの かがまっ…
陛下・・・言っちゃあなんですがあなたの自業自得ですよw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ