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婚約破棄された翌日、私は王宮の墓場に就職して定時退社を選んだ  作者: 九葉(くずは)
第4章

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第34話 謎の卵

「……キュウ?」


私の手の中で、小さな灰色の生き物が首を傾げた。

つぶらな瞳。

湿った鼻先。

そして、背中には未発達な翼のような突起がある。


トカゲ……にしては愛嬌がある。

ドラゴン……と呼ぶには小さすぎて、威厳がない。


「貴方は、一体何者ですか?」


私が指先で頭を撫でると、生き物は気持ちよさそうに目を細め、「キュルル」と喉を鳴らした。

温かい。

先ほどのレオナルドとのガラス椅子論争で冷え切った心が、じんわりと温められていくようだ。


「……まあ、可愛いからいいでしょう」


私は基本的に、手間のかかるものは嫌いだ。

ペットなど論外。餌やり、散歩、排泄物の処理。考えただけで労働時間が増える。

だが、この子は違った。


ピョン。


私の手から飛び降りた生き物は、床をチョコチョコと走り出した。

そして、本棚の隅に溜まっていた小さな埃の塊を見つけると――。


パクッ。


食べた。

一瞬の出来事だった。

埃を口に入れ、モグモグと咀嚼し、ゴクンと飲み込む。

そして満足げに「キュッ!」と鳴いた。


「……えっ?」


私は目を疑った。

埃を食べた?

普通の動物は埃など食べない。

だが、この子は、机の下に落ちていた消しゴムのカス、古紙の切れ端、など次々と吸い込むように食べていく。


まるで、生きた掃除機だ。


私の脳内で、計算機が弾き出された。


メリット:

1.部屋が勝手に綺麗になる。

2.餌代がかからない。

3.可愛い。


デメリット:

1.王宮の飼育規則に違反する(バレたら怒られる)。


「……採用」


私は即決した。

デメリットなど、メリットの前では霞んで見える。

私の《洗浄》魔法の手間を省いてくれるなら、それはもはやペットではない。「優秀なパートナー」だ。


「貴方の名前は……そうですね」


私は彼(彼女?)を持ち上げた。


「掃除をしてくれるから、『ルン』にしましょう」


「キュウ!」


ルンは嬉しそうに私の指を甘噛みした。

歯はないのか、痛くない。むしろくすぐったい。


「よしよし。今日からここは貴方の家ですよ。……ただし、あの厄介な男と、私の夫には内緒です」


レオナルドに見つかれば「僕のアートの一部だ!」と返還を求められるだろうし、クロード様に見つかれば「得体の知れない生物は危険だ」と排除されかねない。

まずは既成事実を作る。

私が完全に手懐け、無害かつ有益であることを証明してから、お披露目するのだ。


私はルンを、自分の机の一番下の引き出しに入れた。

そこには、ふかふかのタオル(私の昼寝用枕カバーの予備)が敷いてある。


「ここで静かにしていてくださいね。ご飯は後でたくさんあげますから」


「キュ」


ルンは賢く頷き、タオルに潜り込んだ。

なんて良い子なのだろう。

レオナルドにも、この子の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。


          ◇


その夜。

私は新居である離宮に戻った。


「おかえり、エリアナ」


クロード様が、満面の笑みで出迎えてくれる。

彼は既に公務を終え、リラックスウェアに着替えていた。


「ただいま戻りました、クロード様」


「疲れてるみたいだな。……もしかして噂の建築家と何かあったのか」


「ええ、まあ。少し『教育』をしていました」


私は苦笑した。

お尻の教育だ。


「あまり無理をするなよ。……君が疲れた顔をしていると、私も辛い」


クロード様が私の頬を撫でる。

優しい手だ。

でも、今日ばかりはその優しさが少し痛い。

私は彼に隠し事をしている。

バッグの中に、ルンを隠して連れ帰ってきてしまったのだから。


(……図書室に置いておくのは心配だったのです)


夜の図書室は冷えるし、レオナルドがまた侵入しないとも限らない。

だから、今日だけ。

今日だけこっそり、自室で面倒を見ようと思ったのだ。


「……食事にしましょうか」


私は話を逸らし、ダイニングへ向かった。


食事中も、私は気が気じゃなかった。

足元のバッグの中で、ルンがカサコソと動く音がするたびに、心臓が跳ねる。


「……エリアナ? 足元に何かあるのか?」


「い、いいえ! 足がむくんでいて、貧乏揺すりをしていただけです!」


「貧乏揺すり? 君が?」


クロード様が怪訝な顔をする。

無理がある言い訳だ。

普段の私は、微動だにしない「石像」のような省エネ姿勢が売りなのだから。


「……まあいい。食事が終わったら、マッサージをしてあげよう」


「あ、ありがとうございます……」


危機一髪だ。

マッサージの時間は、ルンをどうしよう。

バスルームに隠すか?


そうこうしているうちに、夜は更けていった。


寝室。

クロード様が先にベッドに入り、読書をしている。

私はバスルームで、こっそりとルンに餌(ポケットの糸くず)を与えていた。


「キュウ……!」


「駄目です。食べ過ぎると大きくなりますよ」


私は小声で嗜めた。

今のサイズなら掌に収まるが、これ以上大きくなると隠し通せない。


「おやすみなさい、ルン。明日の朝まで、ここで静かにしているんですよ」


私はバスケットにルンを入れ、蓋をした。

空気穴は開けてある。

バスケットをクローゼットの奥に隠し、私は何食わぬ顔でベッドへ向かった。


「……お待たせしました」


「ああ。……こっちへおいで」


クロード様が布団をめくる。

私はその中に潜り込み、彼の体温に包まれた。


「……いい匂いがする」


彼が私の髪に鼻を埋める。


「新しい香水か? ……少し、土のような、懐かしい匂いがする」


ドキッとした。

ルンの匂いだ。

埃っぽい、でもどこか日向のような匂い。


「……気のせいですよ。おやすみなさい」


私は彼の胸に顔を埋め、誤魔化した。

嘘をつくのは心苦しい。

でも、ルンを守るためだ。


(ごめんなさい、クロード様。……また今度ちゃんと紹介しますから)


そう心の中で謝りながら、私は眠りについた。


翌朝。

私が目覚めると、クローゼットの方から「メリメリ」という不穏な音が聞こえてきた。


恐る恐る開けてみると。

そこには、バスケットを突き破り、一晩で子猫サイズまで巨大化したルンが、私のドレスの裾(のレース部分)を美味しそうに咀嚼している姿があった。


「……キュウ!」


「……嘘でしょう?」


成長期にも程がある。

これでは、隠すどころではありません。


そして、背後でクロード様の寝返りを打つ音がした。


「……ん? エリアナ、どうしたんだ?」


絶体絶命。

私の「秘密のペットライフ」は、開始一日で崩壊の危機を迎えていた。

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