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婚約破棄された翌日、私は王宮の墓場に就職して定時退社を選んだ  作者: 九葉(くずは)
第4章

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第33話 天才建築家は「住みやすさ」を理解しない

権力とは、使いようによっては暴力よりもタチが悪い。

特に、それが「芸術」という名の暴走列車に乗っている場合は。


「……国王陛下の、許可証ですか」


私は目の前に突きつけられた羊皮紙を見つめた。

そこには確かに、見慣れたルイ義兄様の豪快な筆跡で『王宮内リノベーションに関する全権を委任する』と書かれている。

王印も本物だ。


「そうさ! 僕はこの国の『古臭い美意識』を革命するために呼ばれたんだよ!」


建築家レオナルドは、蛍光イエローのマントを翻して胸を張った。

片方の靴下は赤、もう片方は青。

色彩感覚が喧嘩をしている。

これがお洒落だと言うなら、私は一生ダサいままでいい。


「君のような地味な管理人が口を出すことじゃない。……さあ、邪魔だから退いてくれないかな? そこの本棚も『死んだ配置』だから、全部撤去して螺旋状に積み上げるつもりなんだ」


「本棚を、撤去……?」


私の眉がピクリと跳ねた。

本棚とは、本を収納し、守り、取り出しやすくするためのものだ。

それをオブジェのように積み上げたら、高いところの本はどうやって取るのか。

梯子を使うのか?

脚立?

面倒くさい。

却下だ。


「お待ちください。……百歩譲って、入り口の扉をあの『前衛的な鉄屑』に変えたのは許しましょう(後で直しますが)。ですが、内装にまで手を出すのは越権行為です」


「ハッ! 越権? 僕は『全権』を持っていると言っただろう!」


レオナルドは鼻で笑った。

そして、部屋の中央に置かれた、新しい「椅子」を指差した。


「見たまえ、このフォルム! この透明感! これこそが新時代の家具、『クリスタル・チェア・アブソリュート』だ!」


そこにあったのは、全面ガラス張りの椅子だった。

背もたれは鋭角な三角形。

座面は完全にフラットなガラス板。

クッション性ゼロ。

人間工学を全力で無視したデザインだ。


「……私の、あひる羽毛のソファはどこへ?」


「あんな野暮ったい布切れ、美観を損ねるから廊下に出したよ。ゴミ収集車が持っていくだろうさ」


ブチッ。


私の脳内で、理性のヒューズがもう一本飛んだ。

あれは、クロード様が私の昼寝のために特注してくれた、世界最高のソファなのだ。

それをゴミ扱いだと?


私は深呼吸をした。

落ち着け、エリアナ。

ここで魔法で彼を吹き飛ばすのは簡単だ。

だが、相手は国王の招いた賓客。

物理的な排除は外交問題に発展しかねない。

ならば、論理と「現実」で分からせるしかない。


「……レオナルド様。一つお尋ねします」


私は努めて冷静な声を出した。


「家具の役割とは、何だとお考えですか?」


「決まっているだろう。空間を支配し、見る者の魂を揺さぶることだ」


「違います。人が使い、くつろぐことです」


私はガラスの椅子を指差した。


「その椅子、座り心地はどうなのですか?」


「座り心地? ナンセンスだね!」


レオナルドは大袈裟に肩をすくめた。


「美とは痛みを伴うものだ! 窮屈なドレスが貴婦人を美しく見せるように、家具もまた、人に緊張感を強いることで精神を高揚させるのだよ! だらけた姿勢で座るなど、美への冒涜だ!」


なるほど。

この男は、私の「省エネ・定時退社・二度寝」というライフスタイルにおける天敵だ。

相容れない。

絶対に、分かり合えない。


「……そうですか。では、証明していただきましょう」


私は椅子を手で示した。


「その『精神の高揚』とやらを。……どうぞ、お座りください」


「ふん、言われなくても座るさ。僕の最高傑作だからね」


レオナルドは優雅にガラスの椅子に腰を下ろした。

足を組み、顎に手を当てる。

ポーズは決まっている。


「どうだい? この冷徹なまでの透明感。僕が座ることで、人体とガラスのコントラストが……」


「そのまま、動かないでくださいね」


私は言った。


「家具の真価は、長時間使用して初めて分かります。……100分、そこでじっとしていてください」


「ハッ、100分でも200分でも座っていられるさ!」


          ◇


10分経過。


レオナルドの表情は余裕だ。

まだ芸術論を語っている。


「光の屈折率が……角度が……」


50分経過。


彼の口数が減ってきた。

しきりに、お尻の位置をずらし始めている。


70分経過。


彼の顔色が悪くなってきた。

ガラスというのは、熱伝導率が高い。

つまり、体温を奪う。

石造りの塔の中、春とはいえ室温はひんやりとしている。

冷たいガラス板に直にお尻を乗せていれば、どうなるか。


「……あの、少し、冷えてきたかな」


「おや、精神が高揚しているのでは?」


私はにっこりと微笑んだ。


「続けてください。あと30分です」


90分経過。


レオナルドの体が小刻みに震え始めた。

寒さだけではない。

硬い座面が、坐骨を圧迫しているのだ。

クッションのない硬い椅子に座り続ける苦痛は、拷問に近い。


「……っ、ぐ……」


「顔色が優れませんね。美しくありませんよ?」


私は追撃を開始した。

ここからは、前世のオフィスワークで培った「健康知識」のターンだ。


「レオナルド様。ご存知ですか? 硬い冷たい椅子に座り続けると、血流が滞ります」


「……だ、だから、何だ……」


「骨盤周りの血行不良は、内臓の冷えを招きます。消化機能の低下、免疫力の低下。そして何より……」


私は声を潜め、彼に近づいた。


「……『血環症(痔みたいなもの)』になりますよ」


「!?」


レオナルドがビクッと反応した。

芸術家といえど、人間だ。

下半身のデリケートな病気は怖いに違いない。


「坐骨結節への過度な圧迫は、深刻な鬱血を引き起こします。一度なってしまえば、貴方のその優雅な歩き方は失われ、常に痛みに耐える生活が待っています。……それでも、『美は痛み』と言えますか?」


「……血環症、、、……」


彼のプライドにヒビが入る音がした。

お尻の痛みと、将来への恐怖。


「貴方の作品は、使う人を病気にする『呪いのアイテム』ですか? それとも、人を支える『道具』ですか?」


「う、ううぅ……!」


100分経過。


レオナルドは弾かれたように立ち上がった。

いや、立ち上がろうとして、足が痺れてよろめいた。


「くっ、くそう……! 尻が、感覚がない……!」


彼は自分のお尻をさすりながら、悔しげに私を睨んだ。


「お、覚えていろ! 今日はコンディションが悪かっただけだ!」


負け惜しみだ。

コンディションの問題ではない。物理の問題だ。


「この部屋は、まだ僕のキャンバスだ! 次はもっと、君の度肝を抜くデザインを持ってきてやる!」


彼は懐から、丸めた図面を投げつけた。

そして、逃げるように去っていった。

ガラスの椅子を残して。


「……やれやれ」


私は投げつけられた図面を拾い上げた。

そこには、『第二図書室・全面改修計画』というタイトルと共に、恐ろしい絵が描かれていた。


・天井を撤去し、青空図書館へ(雨天時の考慮なし)

・トイレの扉をガラス張りにし、開放感を演出

・床を全面鏡張りにし、上下の感覚を消失させる


「……正気ですか」


床が鏡張り?

スカートの中が丸見えではないか。

これは芸術ではない。変態の所業だ。


私は図面を握りつぶした。

これは戦争だ。

私の快適な城を守るための、聖戦だ。


「……まずは、あの椅子を片付けないと」


私は部屋の中央に残された、冷たい遺物を見下ろした。

あんなもの、座る価値もない。

物置の肥やしにするか、あるいは……。


そう考えていた時だった。


カサ、カサカサ……。


本棚の裏から、奇妙な音が聞こえた。

ネズミ?

いや、ここは私が《洗浄》魔法で管理している。害獣はいないはずだ。


私は音のする方へ近づいた。

一番奥、埃が溜まりやすい(といっても私の魔法で掃除されているが)死角の棚。



「……卵?」


それは、鶏の卵くらいの大きさで、灰色をしていた。

表面はざらついていて、埃のような綿毛に覆われている。

あの天才呪建築家が持ってきたのだろうか。


「……捨てましょうか」


正体不明のものは処分するに限る。

ゴミ箱へ持っていこうと持ち上げた瞬間。


ピキッ。


殻にヒビが入った。

温かい。


「えっ」


パカッ。


殻が割れた。

中から出てきたのは、灰色のトカゲ……のような、小さな生き物だった。

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