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婚約破棄された翌日、私は王宮の墓場に就職して定時退社を選んだ  作者: 九葉(くずは)
第4章

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第32話 新婚生活は「おはよう」のキスから始まらない

最終章スタートです!!

最後までお楽しみください!!

幸せな朝とは、どのようなものだろうか。

小鳥のさえずりで目覚め、淹れたてのコーヒーの香りが漂い、愛する人と微笑み合う。

物語の中では、そう描かれることが多い。


しかし現実は、もう少し物理的な重みを伴うものだ。


「……クロード様。重いです」


「ん……」


天蓋付きの大きなベッド。

最高級の羽毛布団の中。

私の腰には、逞しい腕がしっかりと巻き付いていた。

背中には、温かい体温と、規則正しい寝息。


新婚生活が始まって一ヶ月。

王弟妃としての新居である「白の離宮」での生活は快適そのものだが、一つだけ問題があった。


私の夫である宰相閣下が、朝になると幼児退行するのだ。


「起きてください。もう七時ですよ」


私は身じろぎして、彼の腕から抜け出そうとした。

しかし、拘束は緩むどころか、さらに強くなる。


「……やだ」


「やだ、ではありません。今日は定例会議でしょう?」


「行きたくない……。エリアナが足りない……」


彼は私の首筋に顔を埋め、深呼吸をした。

まるで吸入器で酸素を吸うような必死さだ。

くすぐったい。


「昨日もずっと一緒だったじゃないですか」


「寝ている間はカウントされない」


「無茶苦茶な理屈ですね」


私はため息をついた。

ハネムーンから帰ってきて以来、彼の甘えん坊スキルは右肩上がりだ。

外では「氷の宰相」として辣腕を振るっているらしいが、家の中ではこれだ。

ギャップにも程がある。


「あと5分……いや、10分……」


「駄目です。二度寝は休日の特権です」


私は心を鬼にして言った。


「クロード様。貴方は私に誓いましたよね? 『定時退社を死守して、夕食は二人で食べる』と」


「……ああ」


「定時で帰るためには、定時で仕事を始めなければなりません。朝の遅刻は、夜の残業を生む種ですよ?」


論理的説得。

元社畜の私にとって、これは真理だ。

朝の5分を惜しむ者は、夜の1時間を失うのだ。


クロード様は呻き声を上げ、のろのろと顔を上げた。

アッシュグレイの髪が寝癖で跳ねている。

とろんとした瞳が、不満げに私を見つめる。


「……君は正論ばかりだ」


「妻の務めですから」


「……なら、出勤するためのエネルギーをくれ」


彼は唇を尖らせた。

分かりやすい要求だ。

私は苦笑して、彼の方へ向き直った。


「はいはい。……行ってらっしゃい、あなた」


軽く唇を重ねる。

それだけで済ませようとしたが、彼の手が私の後頭部を支え、深く角度を変えられた。


「……んっ」


朝から濃厚すぎる。

酸素が薄くなる。

1分ほどしてようやく解放されると、彼は満足げに目を細めた。


「……よし。これで昼までは戦える」


「夜まで頑張ってくださいね。」


「善処する」


彼は身軽にベッドから飛び降り、ベルを鳴らして侍従を呼んだ。

瞬く間に「氷の宰相」の顔に戻っていく。

その切り替えの早さには、いつ見ても感心する。


私はシーツの乱れを直しながら、窓の外を見た。

今日も快晴だ。

私の職場である「第二図書室」へ行くのも、気持ちが良さそうだ。


平和な朝。

そう思っていた。

この時までは。


          ◇


クロード様を見送り、身支度を整えた私は、ダイニングへ向かった。

そこには、私の専属侍女長となったシルビアさんが待っていた。


「おはようございます、エリアナ様」


「おはよう、シルビアさん。……顔色が悪いようですが?」


完璧なポーカーフェイスの彼女だが、眉間に微かな縦皺が刻まれている。

これは、何か「理解不能なもの」を見た時の反応だ。


「……お気づきになりましたか」


彼女は紅茶を注ぎながら、重々しく口を開いた。


「実は、国王陛下がまた余計なことを……いえ、新たな賓客をお招きになりました」


「陛下が? また狩りですか?」


「いいえ。今回は『芸術』です」


シルビアさんは嫌そうな顔をした。


「西方諸国連邦から、天才と名高い建築家、レオナルド氏を招聘されたのです」


「建築家?」


「はい。老朽化した王宮の一部をリノベーションし、芸術的な空間に生まれ変わらせる計画だとか」


嫌な予感がした。

ルイ陛下の「思いつき」で始まったプロジェクトが、まともだった試しがない。

しかも「天才」と呼ばれる類の人間は、得てして「常識」を持ち合わせていないものだ。


「……その建築家様は、どのような方なのですか?」


「一言で言えば、『前衛的』です」


シルビアさんは言葉を選んだ。


「彼の美学によれば、機能性は二の次だそうです。『美しさのためなら、住人は多少の不便を甘受すべきだ』と公言して憚りません」


「……最悪ですね」


私はトーストを齧った。

住居において最も重要なのは「快適さ」だ。

夏は涼しく、冬は暖かく、掃除がしやすい。

それが私の美学だ。

「不便を甘受せよ」なんて、私の「省エネ生活」とは対極にある思想だ。


「まあ、私の図書室には関係ないでしょう。あそこは辺鄙な場所にありますし、改修予算も付いていませんから」


私は楽観的に考えていた。

第二図書室は、私の聖域だ。

誰も近づかないし、近づかせない。

クロード様が張ってくれた結界もある。


「……そうであれば、よろしいのですが」


シルビアさんが、意味深に言葉を濁したのが気になったが、私は食後の紅茶を飲み干した。


「さて、出勤しますか」


          ◇


王宮の庭園を抜ける。

春の花が咲き乱れ、風が心地よい。

私は鼻歌交じりに、北の塔へと向かった。


いつもの小道。

いつもの木漏れ日。

そして、見えてくる古びた石造りの塔。


あそこが私の城だ。

重厚な木の扉を開け、埃ひとつない空間で、読みかけの本を開く。

それが私の至福のルーティン。


……のはずだった。


「……は?」


私は立ち止まった。

目を擦る。

もう一度見る。


私の愛する図書室の入り口が、変貌していた。


「な、何ですか、あれは……」


そこにあったはずの、歴史を感じさせる重厚な樫の木の扉がない。

代わりに嵌め込まれていたのは、歪んだ鉄骨と、ギザギザしたガラスを組み合わせた、不気味なオブジェのような扉だった。


取っ手が見当たらない。

どこから開けるのかも分からない。

まるで、侵入者を拒む結界か、あるいは現代アートの失敗作のようだ。


「……嘘でしょう?」


私は駆け寄った。

近づいて見ると、さらに酷い。

ガラスの隙間から隙間風が入る構造になっている。

これでは、私が維持してきた室温管理が台無しだ。


「誰ですか! 私の聖域をこんな風にしたのは!」


怒りが湧き上がってきた。

婚約破棄された時よりも、重いドレスを押し付けられそうになった時よりも、深い怒りだ。

住環境への侵害は、私にとって宣戦布告に等しい。


「……開かない」


押しても引いても動かない。

よく見ると、足元に小さなペダルのようなものがある。

これを踏むのか?

試してみると、キィィィィ……という黒板を引っ掻くような不快な音と共に、扉が斜めにスライドした。


「機能性ゼロですね……!」


私は憤慨しながら中に入った。


すると。

そこには、さらなる絶望が待っていた。


「おや? 君がここの管理人かい?」


部屋の中央。

私が愛用していたふかふかのソファがあった場所に、派手な服を着た男が立っていた。

蛍光色のマントに、左右で色の違う靴下。

そして、手には図面を持っている。


「君の職場は、死んでいたよ。……だから僕が、息を吹き込んであげているんだ」


男は、私のソファを指差した。

いや、ソファがあった場所を。

そこには今、鋭角的なデザインの、どう見ても座り心地の悪そうなガラスの椅子が置かれていた。


「……私のソファは?」


私は低い声で尋ねた。


「ああ、あの野暮ったい布の塊かい? 美しくないから、廊下に捨てておいたよ」


プチン。


私の中で、何かが切れる音がした。


私の二度寝スポット。

クロード様との憩いの場。

それを「野暮ったい」だと?


私は深呼吸をした。

シルビアさんの情報通りだ。

こいつが、その「天才建築家」レオナルドなのだろう。


私は一歩前に出た。

淑女の微笑みを浮かべて。

ただし、目は笑っていない自信がある。


「……初めまして。不法侵入者様」


私は右手に魔力を集めた。

攻撃魔法ではない。

ただ、「掃除」をするだけだ。

この部屋にとって、どちらが「不要なゴミ」なのか、教えて差し上げなくてはならない。


「私の城へようこそ。……高くつきますよ、そのリフォーム代は」

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― 新着の感想 ―
いるよな、こういう勘違い野郎・・・
うっちゃれ!(笑)
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