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婚約破棄された翌日、私は王宮の墓場に就職して定時退社を選んだ  作者: 九葉(くずは)
第3章

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第31話 ハネムーンは最高の「引きこもり」

「……ねえ、クロード」


「ん?」


「今、何時ですか?」


「さあ。時計は外してしまったから、分からないな」


「……最高ですね」


私は木陰に吊るした布の上で、幸せな溜息をついた。


ここは南の海に浮かぶ、小さな孤島。

王家が所有する別荘地であり、私たちのハネムーンの舞台だ。


白い砂浜。

エメラルドグリーンの海。

そして、誰もいない静寂。


ここには、分厚い進行表も、重たいドレスも、口うるさい儀典長もいない。

あるのは、波の音と、私たち二人だけ。


          ◇


出発の前日、ヴァレリウス大公に呼び止められたことを思い出す。


『……エリアナよ』


式が終わった直後、控室でのことだ。

大公は、私が即席で作ったクリスタルの指輪が入った箱を、愛おしそうに撫でていた。


『儂は、古い人間だ。伝統こそが正義だと信じて生きてきた。……だが』


彼は片眼鏡を外し、素顔の疲れた瞳で私を見た。


『お前の言う通り、形だけの伝統はいつか朽ちるのかもしれん。……この指輪の輝きを見て、そう思った』


『叔父様……』


『これからの王家を支えるのは、重苦しい黄金ではなく、お前のような……規格外の光なのかもしれんな』


彼はフンと鼻を鳴らし、背を向けた。


『行け。……そして、たまには顔を見せに来い。……シルビアも寂しがる』


それが、あの頑固なラスボスからの、精一杯の祝辞だった。

私は深く頭を下げた。

勝利宣言などしない。

ただ、分かり合えたという事実だけで十分だった。


          ◇


「……エリアナ。焼けたぞ」


香ばしい匂いが鼻をくすぐる。

目を開けると、Tシャツに短パンというラフな姿のクロード様が、皿を持って立っていた。


「わあ、美味しそう」


皿に乗っているのは、近くの岩場で釣れた白身魚のソテーだ。

味付けは塩とハーブのみ。

付け合わせは、帝国製のレトルト野菜。

王宮のフルコースに比べれば質素極まりないが、今の私にはどんなご馳走よりも輝いて見える。


「料理なんて初めてしたから、焦げてしまったが」


「いいえ。この焦げ目がいいんです」


私は吊り寝台から降り、木陰のテーブルについた。

一口食べる。

ふっくらとした身と、炭火の香り。


「……んー! 美味しい!」


「よかった」


クロード様が、少年のように安堵の笑みを浮かべた。


「君には、もうこれ以上働かせたくないからな。……ここでは私が、君の専属執事だ」


「あら。では、肩も揉んでいただけますか?」


「喜んで」


彼は私の背後に回り、大きな手で肩を揉み始めた。

力加減が絶妙だ。

やはりこの人は、宰相よりもマッサージ師に向いているかもしれない。


「……あ、そこです。効きます……」


「凝っているな。……本当に、無理をさせてすまなかった」


「いいえ。楽しかったですよ、振り返ってみれば」


私は海を見つめた。


婚約破棄されたあの日。

私はただ、静かに暮らしたくて図書室に逃げ込んだ。

成り上がるつもりなんてなかった。

誰かを見返すつもりもなかった。


でも、気づけば。

国を救い、他国の皇女を手懐け、古い伝統を塗り替えていた。


「……『努力しないで幸せになりたい』」


「何か言ったか?」


「私の座右の銘です」


私はクロード様の手の上に、自分の手を重ねた。


「私、頑張るのが嫌いなんです。でも、貴方と一緒にサボるためなら……少しだけ頑張るのも、悪くないかなって」


「……ふっ」


クロード様が吹き出した。

そして、私を後ろから抱きしめた。


「君らしいな。……愛しているよ、私の最高の怠け者」


「私もです、働き者の旦那様」


波が寄せては返す。

ザザァ……ザザァ……。

心地よいリズム。


「……ねえ、クロード」


「ん?」


「お腹がいっぱいになったら、眠くなってきました」


「奇遇だな。私もだ」


「あの布、二人でも乗れますかね?」


私は木陰に吊るされた布を指差した。

あれは、この島に来る前、私が職人に特注して作らせたものだ。

船乗りたちが使う網の寝床をヒントに、丈夫な帆布とクッションを組み合わせて作った、私の発明品である(現代のハンモックみたいなもの)。


貴族たちは「布にぶら下がるなんて」と笑ったけれど、この揺らぎの心地よさを知らないなんて損をしている。


「……エリアナの発明品か。君が作ったものなら、強度は完璧だろう」


「もちろんです。大柄な帝国軍人が二人乗っても大丈夫なように設計しましたから」


「試してみようか」


私たちは狭い布に、無理やり二人で潜り込んだ。

密着する体温。

布がたわみ、私たちを包み込む。

少し窮屈だけど、それがかえって安心する。


「……おやすみなさい」


「ああ。……世界で一番贅沢な昼寝をしよう」


瞼を閉じる。

意識が遠のいていく。


これからも、きっと面倒なことは避けて通るし、定時には帰るし、休日は二度寝する。

でも、その隣にはいつも、この人がいる。


それだけで、私の人生は最高に幸せだ。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
叔父様が…デレた?!
とても好きです。 番外編ずっとお待ちしています!
おもしろかったです。 指輪の犯人気になります。
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