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婚約破棄された翌日、私は王宮の墓場に就職して定時退社を選んだ  作者: 九葉(くずは)
第3章

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第28話 「聖地巡礼」は馬車の中で寝ていても巡礼か?

宗教と魔法は、対立するものではない。

互いに利用し合うものだ。


雲ひとつない快晴の朝。

王宮の正門前には、物々しい一行が集結していた。


先頭に立つのは、儀典長の正装に身を包んだヴァレリウス大公。

その横には、立会人として招かれた教会の大司教様。

そして、これから地獄の山登りに挑むはずの私と、クロード様。


「……よい天気だ」


大公が空を見上げて満足げに頷いた。


「絶好の巡礼日和だな。汗をかき、泥にまみれ、苦行の果てに神に祈る。……これぞ王家の婚礼に相応しい」


彼は私の足元を見た。

私は今日、動きやすい靴ではなく、本番用の軽量化ドレスとヒールを着用している。

この格好で山道を10キロ歩けば、足の皮がめくれるどころか、ドレスの裾はボロ雑巾になるだろう。


「エリアナ。覚悟はできているな? 一歩でも遅れたら置いていくぞ」


大公が杖を突く。

私はニッコリと微笑んだ。


「ええ、覚悟ならできています。……『清浄』を守り抜く覚悟が」


私が指を鳴らすと、背後のガレージが開いた。


ゴゴゴゴ……。


重厚な音と共に現れたのは、一台の馬車だった。

いや、それを馬車と呼んでいいのか迷う。


色は純白。

窓ガラスはなく、代わりに中が見えないマジックミラーが嵌められている。

車輪は地面から少し浮いているように見える(実際は強力なサスペンションと浮遊魔法の併用)。

そして何より、全体が淡い光の結界で覆われていた。


「な、なんだこれは……」


大公が口を開けた。


「私が用意した『清浄なる乗り物』です」


私は胸を張って紹介した。


「ベースは東方帝国の軍用輸送車。そこにクロード様特製の衝撃吸収魔法陣を組み込み、私が全魔力を注いで《永続洗浄》と《空間遮断》の結界を張りました」


私は馬車のボディを撫でた。

ツルツルである。


「この結界内は、完全なる無菌室です。埃一つ、花粉一つ侵入できません。外気とも遮断されており、内部は常に快適な湿度と温度に保たれています」


「……は?」


「つまり、どれだけ外が泥だらけでも、中は天国ということです」


沈黙。

大公は震える指で馬車を指差した。


「ふ、ふざけるな! こんな……こんな軟弱な箱に入って、何が巡礼だ! 自分の足で歩き、苦しみを味わってこそ、神への敬意だろうが!」


来た。精神論だ。

予想通りの反応に、私は冷静に切り返した。


「叔父様。建国の原典をお忘れですか?」


私は暗唱した。


『花嫁の足は、土に触れるべからず』

『汗と泥は、神への冒涜なり』


「この教えに従うなら、汗だくでハァハァ言いながら、泥まみれの靴で聖域に踏み込むことこそ、最大級の不敬ではありませんか?」


「ぐっ……! だ、だが、苦労なくしてたどり着くなど……」


「苦労の有無は問題ではありません。『状態』が重要なのです」


私は大司教様に向き直った。

長い白髭を蓄えた、柔和なおじいちゃんだ。


「大司教様。神様は、泥だらけの臭い花嫁と、清らかで涼やかな花嫁。どちらを歓迎されると思いますか?」


大司教様は、私と大公、そして白い馬車を交互に見た。

そして、穏やかに微笑んだ。


「……神は、清浄を愛されます」


「なっ、大司教!?」


大公が叫ぶが、大司教様は続けた。


「エリアナ嬢の言う通り、古き教えには『穢れなき姿で』とあります。……現代の技術と魔法でそれを実現できるなら、それもまた神の導きでしょう。この馬車からは、微塵も邪気を感じません」


判定、勝ちあり。

ありがとう、大司教様。

先日クロード様が寄贈した古文書が効いたようだ。


「そ、そんな……」


大公がよろめいた。

伝統の守護者が、教会のトップに論破されては形無しだ。


「さあ、叔父様。叔父様も同乗されますか? 中は広いですし、ふかふかのソファもありますよ」


私は悪魔の囁きをした。

大公も高齢だ。腰や膝に爆弾を抱えていることは、彼の歩き方を見れば分かる。

本当は歩きたくないはずなのだ。


大公の目が泳いだ。

プライドと腰痛の戦い。

しかし、彼はギリギリで踏みとどまった。


「……断る! 儂は歩く! 儀典長として、苦行の伝統を死守してみせる!」


「そうですか。残念です」


私は肩をすくめ、馬車の扉を開けた。

プシュウ、と空気の抜ける音がして、涼しい風が漏れ出てくる。


「では、お先に頂上で待っていますね」


私はクロード様と共に乗り込んだ。

シルビアさんも無表情で続く。


「出発!」


          ◇


馬車の中は、別世界だった。


「……揺れない」


クロード様が驚きの声を上げた。

外は砂利道のはずだが、コップの水面すら波立たない。

帝国のサスペンションと魔法の融合は、悪路を滑るように無効化していた。


「最高傑作ですね」


私はソファに深々と沈み込んだ。

シルビアさんが、棚から冷たいお茶とクッキーを出してくれる。

至れり尽くせりだ。


「エリアナ様。アイマスクもご用意しております」


「ありがとうございます。到着まで一時間……ひと眠りできますね」


私はアイマスクを装着し、リクライニングを倒した。

窓の外では、大公一行が汗水垂らして歩いているはずだ。

申し訳ないとは思う。

少しだけ。


でも、これは文明の勝利なのだ。

人類は楽をするために進化してきた。

それを否定するのは、人間の可能性を否定するのと同じだ。


「……エリアナ」


クロード様が、私の手を握った。


「君は本当に、すごいな」


「褒めても何も出ませんよ」


「いや、本心だ。……まさか、あの叔父上を論破して、こんな箱舟を作ってしまうとは」


彼は嬉しそうに笑った。


「君といると、退屈しない。……これからも、私の常識を壊してくれ」


「壊すのはいいですが、修理費は国庫から出してくださいね」


私たちは笑い合い、やがて心地よい揺れに身を任せて、眠りに落ちた。


          ◇


一時間後。

聖地の山頂。


扉が開くと、そこには清々しい高原の空気が広がっていた。

私たちは一滴の汗もかかず、ドレスの裾も真っ白なまま、涼しい顔で降り立った。


「……到着しましたね」


私が伸びをしていると、遅れること30分。

息も絶え絶えの集団が登ってきた。


「ぜぇ……はぁ……っ!」


ヴァレリウス大公だ。

顔は真っ赤で、足取りは覚束ない。

正装は泥ハネで汚れ、威厳は見る影もない。


「お疲れ様です、叔父様」


私は冷たいおしぼり(シルビアさんが用意)を差し出した。


「早かったですね。……やはり、歩くことには意味があるのですね。とても達成感のあるお顔をされています」


嫌味ではない。

心からの称賛だ。

あんな無駄なことをやり遂げる根性には、敬意を表する。


大公はおしぼりをひったくり、顔を拭った。


「……ふん! 当たり前だ! これが……これこそが、儀式なのだ……!」


彼は強がったが、その目はチラチラと私の馬車を見ていた。

そして、ボソリと呟いたのを、私は聞き逃さなかった。


「……帰りは、乗せてもらえんか?」


「ふふっ。もちろんです」


私は微笑んだ。

ラスボス攻略完了。

頑固な古狸も、腰痛と文明の利器には勝てなかったようだ。


これで、最大の懸念事項だった「体力問題」は解決した。

あとは、本番の式を待つのみ。


だが、油断は禁物だ。

完璧に見える計画ほど、些細な穴から崩れるもの。

そしてその穴は、外部の敵ではなく、身内の「小さな悪意」によって開けられることが多い。


結婚式当日。

まさか、一番大切な「あれ」がなくなるなんて。

私はまだ、その危機を知らなかった。

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