第17話 王立狩猟場でのピクニック
ガタゴトと揺れる馬車の中で、私は死んだ魚のような目をしていた。
「……なぜ、休日に早起きをして、わざわざ森へ行かねばならないのですか」
向かいの席で、狩猟服に身を包んだクロード様が苦笑する。
「すまない。兄上が、『掃除機事件の詫びに、美味い肉を食わせてやる』と張り切ってしまってね」
「食べるのは好きですが、獲りに行くのは嫌いです。泥がつきます。虫がいます。日焼けします」
私は指折り数えて不満を述べた。
先日、あの忌まわしい掃除機ゴーレムを「洗濯」したばかりだ。
魔力を使った疲れも癒えていないのに、今度はアウトドアだなんて。
私のインドア精神に対する挑戦だろうか。
「安心してくれ。エリアナはベースキャンプで待機していればいい。……森の中は危険だからな」
「本当ですね? 『人数が足りないから手伝え』とか言いませんね?」
「誓うよ。君はテントの中で、優雅に紅茶でも飲んでいてくれ」
その言葉だけが、私の心の支えだった。
◇
王都から馬車で二時間。
到着したのは、王家が管理する広大な狩猟場だった。
「ガハハハ! 絶好の狩り日和だな!」
馬車を降りるなり、ルイ国王陛下の野太い声が響く。
彼は豪奢な狩猟服の袖をまくり上げ、筋肉を誇示していた。
その隣には、これまたやる気満々のヒルダ様の姿が。
彼女に至っては、軽装の鎧に長槍を背負っている。
ここは戦場か?
「師匠! 今日は私が最高の大物を仕留めてみせますぞ! 期待していてくれ!」
「はいはい。怪我をしないように頑張ってくださいね(棒読み)」
私は欠伸を噛み殺しながら手を振った。
「よし、行くぞ! クロード、遅れるなよ! 今日こそどちらが多く獲れるか勝負だ!」
「……やれやれ。エリアナ、行ってくるよ。何かあったら護衛に言ってくれ」
「行ってらっしゃいませ」
三人は供回りの騎士たちを引き連れ、鬱蒼とした森の中へと消えていった。
蹄の音が遠ざかる。
砂煙が収まる。
後に残されたのは、私と、数名の護衛、そして設営されたばかりの巨大なテント。
「……さて」
私は周囲を見回した。
鳥のさえずり。
木漏れ日。
意外と悪くない。
「護衛の皆さん。私はテントの中にいますので、不審者が来ない限り声をかけないでください」
「はっ! 承知いたしました!」
私はテントの幕をくぐった。
中は広かった。
六畳ほどのスペースに、テーブルと椅子、そして簡易ベッドが置かれている。
地面には厚手の絨毯が敷かれているが、森の湿気を含んで少しひんやりしている。
「……これでは、完璧なくつろぎとは言えませんね」
私の「快適環境構築スキル」が疼く。
私は持参した魔法の鞄を開けた。
中から取り出したのは、以下のアイテムだ。
1.お気に入りの羽毛クッション(×3)
2.肌触りの良いブランケット
3.アロマキャンドル(虫除け効果付き)
4.読みかけの小説の山
まずは、《洗浄》魔法でテント内の空気を浄化。
埃っぽい匂いを消し去る。
次に、ベッドの上にクッションを配置し、ブランケットを敷く。
即席の「巣」の完成だ。
さらに、アロマキャンドルに火を灯す。
柑橘系の爽やかな香りが漂う。
「よし」
私は靴を脱ぎ、ベッドの上にダイブした。
ふかふかである。
絨毯の下には断熱魔法がかかっているのか、底冷えもしない。
さすが王家のテントだ。
「……最高」
私はミナさんが持たせてくれたバスケットを開けた。
一段目、サンドイッチ。
二段目、キッシュとサラダ。
三段目、カットフルーツ。
まずはキッシュを一口。
サクッとしたパイ生地と、卵の優しい甘み。
森の空気の中で食べると、また格別だ。
「読書、開始」
私は本を開き、活字の世界へと没入した。
外からは時折、遠くで犬の吠える声や、何か爆発音のようなもの(魔法か?)が聞こえるが、気にしない。
ここは私の結界内だ。
一時間。
二時間。
三時間。
私は至福の時を過ごしていた。
誰にも邪魔されず、好きなものを食べ、眠くなったら寝る。
これぞピクニックの正しいあり方だ。
◇
お昼過ぎ。
テントの外が騒がしくなった。
「……戻りましたか」
私は本を置き、伸びをした。
狩りの成果はどうだったのだろうか。
まあ、ウサギの一匹でも獲れていれば上出来だろう。
私はテントの幕を開け、外を覗いた。
「……えっ」
そこにいたのは、遭難者の一団だった。
ルイ陛下は服がボロボロに破れ、泥まみれ。
ヒルダ様は髪が爆発し、頬に擦り傷を作っている。
そして、いつも涼しい顔をしているクロード様でさえ、肩で息をして汗だくになっていた。
「……何があったのですか? 戦争ですか?」
私が尋ねると、ルイ陛下が白い歯を見せて笑った(顔は泥だらけだが)。
「ガハハ……! 出おったわ! 伝説の『黒き主』が!」
「主?」
「体長五メートルはある巨大猪だ! いやぁ、手強かった! 三人で囲んでようやく仕留めたぞ!」
後ろを見ると、荷車に山のような肉塊が積まれている。
……あれを食べるのか。
解体が大変そうだ。
「ぜぇ、はぁ……。しかし、疲れた……」
クロード様がよろめきながら近づいてきた。
その目には、いつもの覇気がない。
限界まで魔力を使い果たした顔だ。
「エリアナ……。水……」
「どうぞ」
私は用意していた冷たい果実水を渡した。
彼はそれを一気に飲み干し、生き返ったような顔をした。
「……テントの中、入ってもいいか? もう一歩も動けない」
「構いませんが、泥は落としてくださいね」
私は指を鳴らし、三人に簡易的な《洗浄》をかけた。
泥と汗が一瞬で落ちる。
「おお! 便利だな!」
「助かる、師匠!」
綺麗になった三人は、ゾンビのようにテントの中へ雪崩れ込んだ。
そして。
「……なんだここは」
テントに入った瞬間、ルイ陛下が固まった。
アロマの香り。
適度な室温。
そして、ベッドの上に築かれた、魅惑のクッションの山。
テーブルには美味しそうな軽食。
外の殺伐とした空気とは別世界の、桃源郷がそこにあった。
「……天国か?」
クロード様が呟き、そのまま私の作ったクッションの巣に顔からダイブした。
「あああ……ふかふかだ……」
「ずるいぞクロード! 余も混ぜろ!」
ルイ陛下も反対側からダイブする。
国王の威厳など欠片もない。
「師匠! このサンドイッチ、頂いても!?」
ヒルダ様は食べ物に食いついた。
「どうぞ。……あの、皆さん? そこ私の場所なんですけど」
私の抗議は虚しく響いた。
狭いベッドの上で、大の大人三人が川の字(というか団子)になってくつろぎ始めたのだ。
「……極楽だ……」
「もう動けん……」
「美味い……」
狩りでアドレナリンを出し切った反動か、彼らは急速に脱力していく。
魔獣を倒した英雄たちが、今はただの駄目人間と化している。
(……はぁ)
私はため息をつき、自分用の椅子に座り直した。
まあ、いいか。
彼らが泥だらけになって頑張ってくれたおかげで、私はここでぬくぬくできていたのだから。
「お疲れ様でした。……少し仮眠でもとったらどうですか?」
私が言うと、三人は示し合わせたように頷き、数秒後には寝息を立て始めた。
スピー、スピー、グォー。
ルイ陛下の豪快なイビキ。
ヒルダ様の寝言(「肉……」)。
クロード様の静かな寝息。
騒がしい。
でも、不思議と嫌な気分ではなかった。
私は読みかけの本を再び開いた。
私の「孤独な休日」は終わってしまったけれど。
この賑やかで平和な空間も、悪くない。
外では、騎士たちが巨大猪の処理に追われている声がする。
気の毒に。
後で差し入れでも持って行ってあげよう。
そう思いながら、私はページをめくった。
まさか、この「巨大猪」の皮が硬すぎて、王宮の料理人たちがお手上げ状態になるとは知らずに。
そして、その解体作業に、またしても私が駆り出されることになるなんて。
「荷物番」の次は「解体業者」?
私の職務記述書はどうなっているのだろうか。




