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婚約破棄された翌日、私は王宮の墓場に就職して定時退社を選んだ  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第16話 魔道具の暴走と、私の「全自動洗濯機」化

技術の進歩とは、必ずしも幸福をもたらすとは限らない。

特に、方向性を間違えた情熱が注がれた場合は。


図書室の中央に、鎮座する巨大な木箱。

その側面には『帝国魔導技術局・極秘』という焼き印が押されている。

嫌な予感しかしない。


「さあ、師匠! 開けてくれ!」


ヒルダ様が目を輝かせてバールを構えている。

私はおっかなびっくり、木箱の蓋が開けられるのを見守った。


バキッ、メキメキッ。

蓋が外され、緩衝材の藁が取り除かれる。

そこから現れたのは――。


「……戦車ですか?」


私は真顔で聞いた。


それは、鉄の塊だった。

鈍色に輝く装甲。

無骨なキャタピラ。

そして前方には、獲物を食らう顎のように巨大な吸気口が口を開けている。

どう見ても、掃除用具ではない。戦場の最前線で塹壕を突破するための兵器だ。


「違うぞ師匠! これこそが最新鋭自律型清掃ゴーレム、『アビス一号』だ!」


「アビス(深淵)……? 名前が不吉すぎませんか?」


「帝国技術の粋を集めた魔導エンジンを搭載している! 吸引力は従来の十倍! どんな頑固な汚れも、根こそぎ消滅させるぞ!」


ヒルダ様は誇らしげに装甲を叩いた。

カン、と硬い音がする。

頑丈そうだ。これなら本棚にぶつかったら、本棚の方が粉砕されるだろう。


「……まあ、せっかくのご厚意ですし。試運転してみましょうか」


私は少し距離を取った。

具体的には、一番頑丈なカウンターの裏まで下がった。

野生の勘が「逃げろ」と警鐘を鳴らしていたからだ。


「うむ! では起動する!」


ヒルダ様が本体上部の赤いボタンを押し込んだ。


ブゥゥゥン……。

低い駆動音が響く。

魔導エンジンが唸りを上げ、吸気口のファンが回転を始めた。


キュイィィィィィーン!!


音が、瞬く間にジェット機のような高周波へと変わる。

風が巻く。

机の上の書類が舞い上がった。


「おお! 凄まじい吸引力だ!」


ヒルダ様が叫ぶ。

その声がかき消されるほどの轟音。


『ターゲット確認。清掃ヲ開始シマス』


無機質な合成音声と共に、鉄の塊が動き出した。

キャタピラが床を削りながら前進する。

速い。

掃除機にあるまじき速度だ。


ズボォォォッ!!


目の前にあったゴミ箱が、中身ごと一瞬で吸い込まれた。

それだけではない。

近くにあった椅子。

積み上げてあった本の山。

そして、窓際のカーテン。


『障害物ト認定。排除シマス』


「ちょ、ちょっと! それゴミじゃないです!」


私が叫ぶが、ゴーレムには届かない。

バリバリバリッ!

カーテンが引きちぎられ、吸気口の奥へと消えていく。

さらにゴーレムは旋回し、私の愛用するソファへと狙いを定めた。


「待てアビス! それは師匠の玉座だ!」


ヒルダ様が慌てて止めようとするが、ゴーレムは止まらない。

帝国の技術者は「止まり方」を教えなかったのか。


ズドドドド!

ソファの脚が齧られる。

クッションが悲鳴を上げて吸い込まれていく。


「ああっ、私の安眠スポットが……!」


さらに悪いことは重なるものだ。

ゴーレムの背部にある排気ダクトから、黒い煙が噴き出し始めた。

吸い込んだゴミと家具が内部で粉砕され、許容量を超えたらしい。


ボシュッ! ボシュゥッ!


「……泥?」


排気口から、ヘドロのような黒い粘液が噴射された。

おそらく、内部の洗浄水タンクとゴミが混ざり合い、逆流を起こしたのだ。


ビチャッ! ベチャァッ!

壁に、床に、そして綺麗だった本棚に、汚泥が撒き散らされる。

掃除機が、部屋を汚している。

本末転倒もいいところだ。


「な、なんだこれは!? これでは掃除になっていないではないか!」


ヒルダ様が顔面蒼白になる。


「ええい、故障か! ならば破壊して止める!」


彼女は腰の剣を抜いた。

オーラを纏わせ、ゴーレムを一刀両断しようと構える。


「待ってください!!」


私はカウンターの裏から飛び出した。


「斬らないで! 今それを壊したら、お腹の中のゴミと汚泥が爆発して、部屋中が大惨事になります!」


「だ、だが、このままでは図書室が泥の海に……!」


「私がやります!」


私は杖……ではなく、人差し指を突き出した。

もう、手加減している場合ではない。

私の平穏と、清潔な空間を守るためなら、多少の本気は許されるはずだ。


私は深呼吸をした。

イメージするのは、洗濯機。

それも、世界そのものを洗うような、巨大な水流。


「対象範囲、図書室全域。

 除外対象、人間と無事な本。

 ターゲット、動く鉄屑および全ての有機・無機汚れ。

 ――《全域洗浄フル・クリーン》!!」


カッ!!


私の指先から、目映い閃光が放たれた。

それは光の奔流となって、部屋全体を飲み込んだ。


通常、《洗浄》魔法は表面の汚れを弾くだけのものだ。

だが、私の魔法は違う。

「汚れている状態」を「綺麗な状態」へと、概念的に上書きする。

つまり、汚れそのものを魔力分解し、消滅させるのだ。


光の中で、暴走するゴーレムが停止した。

いや、停止したのではない。

その身に纏っていた「暴走する魔力」という名のノイズが、汚れとして認識され、強制的に浄化されたのだ。


シュゥゥゥ……。


光が収束していく。

撒き散らされた泥が、空気に溶けるように消えていく。

破れたカーテンや齧られたソファは……残念ながら戻らないが、その断面についていた汚れは完全に消え失せた。


そして、ゴーレム。

黒光りしていた装甲は、塗装まで綺麗さっぱり剥がれ落ち、ピカピカの銀色の地金が剥き出しになっていた。

内部の魔導回路に詰まっていた「過剰な魔力」も洗い流され、完全に沈黙している。


「……ふぅ」


私は息を吐き、へたり込んだ。

さすがに部屋全体の概念洗浄は疲れる。

明日は筋肉痛ならぬ、魔力痛で寝込むかもしれない。


静寂が戻った図書室。

そこには、新品同様になった床と無事な本達、銀色に輝くオブジェと化した元掃除機だけが残されていた。


ヒルダ様は、剣を構えたまま固まっていた。

その目は、恐怖に見開かれている。


「……馬鹿な」


彼女が震える声で呟いた。


「魔法で……魔導エンジンの暴走を止めた? いや、魔力の構成式そのものを『洗い流した』のか? そんなことが、人間に可能なのか……?」


「可能ですよ。汚れは汚れですから」


私は服の埃を払いながら立ち上がった。


「ヒルダ様。素晴らしいプレゼントをありがとうございます」


「えっ」


「おかげで、部屋の大掃除ができました。……二度と使いませんが」


私はにっこりと微笑んだ。

目は笑っていなかったと思う。


ヒルダ様は直立不動になり、カカトを鳴らして敬礼した。


「も、申し訳ありませんでしたぁぁッ!!」


彼女の謝罪の声が、綺麗になった部屋に虚しく響いた。


          ◇


その後。

騒ぎを聞きつけた衛兵たちが突入してきたが、そこにはピカピカの部屋でお茶を飲んでいる私たちがいるだけだった。

衛兵たちは首を傾げながら帰っていった。


ヒルダ様は、銀色になったゴーレム(ただの鉄屑)を回収し、「技術部に送りつけて説教してやる」と息巻いていた。

彼女なりの責任の取り方なのだろう。


私は壊れたソファの代わりに、予備の椅子に座りながら、冷めた紅茶を啜った。


「……やっぱり、手作業が一番ですね」


便利すぎる道具は、人を不幸にする。

身の丈に合った生活こそが、一番の贅沢なのだ。


そう悟りを開いた私の元に、翌日、一通の招待状が届く。


差出人はルイ国王陛下。

内容は、『昨日の騒ぎの詫びと慰労を兼ねて、ピクニックに行こう』というものだった。


ピクニック。

響きはいい。

だが、場所が「王立狩猟場」であり、メンバーに「武装したヒルダ様」が含まれている時点で、それがただの遠足でないことは明白だった。


私は天を仰いだ。

どうして私の周りには、じっとしていられない人たちばかりが集まるのだろうか。

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― 新着の感想 ―
「さあ、師匠! 開けてくれ!」 ヒルダ様が目を輝かせてバールを構えている。 私はおっかなびっくり、木箱の蓋が開けられるのを見守った。 →ヒルダが、師匠=エリアナに開けてくれるように話しているのに、…
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