表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された翌日、私は王宮の墓場に就職して定時退社を選んだ  作者: 九葉(くずは)
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/32

第12話 豪快国王の来訪と、私の「省エネ」謁見

ドォォォォン!!


扉が開く、というよりは、爆発したような音がした。


私は読んでいた『東方帝国見聞録』を取り落としそうになった。

静寂な図書室の空気が、ビリビリと震えている。

何事か。

地震か。

それとも、またカイル様が癇癪を起こしたのか。


入り口に立っていたのは、一人の男だった。


身長は二メートル近いだろうか。

扉の枠に頭がぶつかりそうだ。

豪奢な王族のマントを羽織っているが、その下の体躯は岩のように分厚い。

金髪のライオンのような髪。

そして、部屋の隅々まで響き渡るバリトンボイス。


「おぉぉい! いるか! 我が弟を骨抜きにした『北の塔の魔女』は!」


……誰が魔女だ。

そして、声が大きい。

ここを図書室だと理解しているのだろうか。


私は眉間の皺を揉みほぐした。

肖像画で見たことがある。

この筋肉の塊は、我が国の国王、ルイ・ルテティア陛下その人だ。

弟であるクロード様とは似ても似つかない。

クロード様が月なら、この人は真夏の太陽。それも、直射日光が強すぎて熱射病になるレベルの。


国王陛下はズカズカと部屋に入ってくると、ソファに座っている私を見つけた。


「む! 貴様か! クロードが選んだ女というのは!」


彼は私の前で仁王立ちになり、威圧的な視線を向けてきた。

普通の令嬢なら、この覇気に当てられて失神するか、慌てて平伏するところだろう。


だが、私はエリアナだ。

今は休憩時間であり、立ち上がるのはカロリーの無駄である。


私は座ったまま、人差し指を口元に当てた。


「……シーッ」


「あ?」


「陛下。ここは図書室です。大声はお控えください。本たちが驚いてしまいます」


「……は?」


国王陛下が目を丸くした。

まさか、乗り込んできて開口一番に注意されるとは思わなかったのだろう。


「それに、『魔女』はいません。ここにいるのは、ただの管理人です」


私は栞を挟んで本を閉じ、ようやく顔を上げた。

表情は変えない。

あくまで事務的に。


「ようこそお越しくださいました。ですが、本日は予約が入っておりませんので、お引き取りを……と言いたいところですが、扉を壊されそうなので諦めます」


私はため息交じりに言った。


「そこにお掛けください。ただし、静かにお願いしますね」


国王陛下はしばらく呆然としていたが、突然、腹の底から笑い出した。


「ガハハハハ! なるほど! これが『喪中』の女か!」


うるさい。

本当に声が大きい。


「不敬だぞ、と言われて震えるかと思ったが……座ったまま説教とはな! クロードが『肝が据わっている』と言っていたが、これほどとは!」


彼はドカッと向かいのソファに腰を下ろした。

ソファが悲鳴を上げた気がする。


「気に入った! 貴様、名は?」


「エリアナです。……今はただの、クロード様の婚約者ですが」


「うむ。余はルイだ。知っているな? ……おい、茶を出せ。喉が渇いた」


王族特有の「やってもらって当たり前」ムーブ。

通常なら、最高級の茶葉を使い、最適な温度で淹れた紅茶を出すのがマナーだ。

だが、あいにく今はクロード様が来ていないので、彼専用の高級茶葉は鍵付きの棚の中だ。

私用の安い茶葉しかない。


(……面倒ね)


お湯を沸かすのも時間がかかる。

私は足元のクーラーボックス(氷を入れた魔法箱)を開けた。

そこには、今朝ミナさんが差し入れてくれたピッチャーが入っている。


「どうぞ」


私はガラスのコップに、なみなみと注いで出した。

茶色い液体。

氷がカランと音を立てる。


国王陛下は怪訝な顔でコップを覗き込んだ。


「……なんだこれは。紅茶にしては色が薄いが」


「下町の特製ブレンドティーです」


嘘は言っていない。

麦茶だ。


「……ほう」


彼は疑いながらも、コップを煽った。

ゴク、ゴク、ゴク……プハァ!


「……ッ、うまい!」


彼は目を見開いた。


「なんだこれは! 香ばしくて、後味がすっきりしている! 王宮の茶は砂糖たっぷりで甘ったるいものばかりだが、これは……喉の渇きが癒えるぞ!」


「大麦を焙煎して煮出したものです。ミネラルが豊富で、夏バテに効きます」


「気に入った! おかわりだ!」


私は無言でピッチャーを傾けた。

まさか国王陛下が、庶民の麦茶にこれほど感動するとは。

やはり王族というのは、普段よほど偏った食生活をしているのだろう。

クロード様もそうだが、この兄弟は「素朴な癒やし」に飢えているらしい。


二杯目を飲み干した頃、ようやく彼の興奮が落ち着いてきた。


「……ふぅ。生き返った」


彼はソファの背に預け、満足げに腹をさすった。


「して、エリアナよ。……クロードのことだ」


急に声のトーンが落ちた。

真面目な顔つきになる。


「あいつは、昔から損な役回りばかりだった。余がこうして好き勝手に振る舞えるのも、あいつが影で泥を被ってくれているからだ」


「存じております」


「あいつは笑わない子供だった。常に完璧であろうとし、感情を殺していた。……だが、最近はどうだ」


国王陛下はニヤリと笑った。


「会議中、ふとした拍子に時計を見て、そわそわしおる。『一七時になったら帰る』などと言い出すようになった。……あんな生き生きとした顔は、初めて見たぞ」


「それは……ご迷惑をおかけしております」


「いや、礼を言う」


彼は真っ直ぐに私を見た。


「あいつを人間にしてくれて、ありがとう。……お前がそばにいれば、あいつは壊れないだろう」


その瞳には、弟への深い愛情があった。

豪快で乱暴に見えて、この人はちゃんと見ているのだ。

弟がどれだけ追い詰められていたかを。


私は少しだけ居住まいを正した。


「……私は、彼を甘やかしているだけです。彼が私と一緒にサボってくれるのが、心地よいだけですから」


「ガハハ! それでいい! あいつに必要なのは、共に戦う同志ではなく、共に休む場所なのだからな」


国王陛下は豪快に笑い、三杯目の麦茶を要求した。

どうやら、敵意はないらしい。

むしろ、すっかり懐かれてしまったようだ。

これはこれで、面倒な親戚が増えたようなものだが。


「さて、だ」


コップを置くと、彼は悪戯っ子のような顔をした。

嫌な予感がする。


「エリアナ。お前に頼みたいことがある」


「……お断りします」


「まだ言っておらん! ……実はな、近々、東方帝国から使節団が来る」


東方帝国。

先日の条約騒ぎの相手国だ。

武力を重んじ、軟弱な文化を見下す傾向がある軍事国家。


「その団長を務めるのが、第三皇女ヒルダだ。通称『戦場の薔薇』。……これがまた、気性の激しい娘でな」


「はあ」


「我が国の軟弱な貴族たちでは、相手にならんのだ。社交辞令も通じない、腹芸も通じない。……そこで、だ」


国王陛下は身を乗り出した。


「お前が相手をしろ」


「……はい?」


私は耳を疑った。


「なぜ私が。私は外交官ではありません」


「だが、お前はクロードの婚約者だ。それに、この図書室で『魔女』と呼ばれるほどの胆力がある。あの脳筋皇女の相手ができるのは、お前しかおらん!」


「人選ミスです。私は平和主義者です。争いごとは嫌いです」


「争わなくていい。ただ、あいつの『勢い』を受け流してくれればいいのだ。……頼んだぞ! これは王命ではないが、義兄からのお願いだ!」


「ずるいですよ、その言い方は」


私は溜息をついた。

王命なら契約書を盾に断れるが、「家族のお願い」と言われると弱い。

それに、もし私が断って、その皇女が暴れたら、その尻拭いをするのは宰相であるクロード様だ。

彼に残業をさせるわけにはいかない。


「……分かりました。ただし、私のやり方でやらせていただきます」


「おお、受けてくれるか! 恩に着る!」


国王陛下は満面の笑みで立ち上がった。


「では、詳しい日程はクロードから伝えさせる! 麦茶、うまかったぞ!」


彼は嵐のように去っていった。

ドォォン、と扉が閉まる。


後に残されたのは、静寂と、空になったピッチャー。

そして、新たな厄介ごとの予感。


「……はぁ」


私はソファに沈み込んだ。

東方帝国の皇女。

「戦場の薔薇」だって?

名前からして、面倒くさそうだ。


「ミナさん、明日の麦茶はもっと多めに作ってもらおうかしら……」


私は天井を見上げた。

私の平穏な図書室ライフが、またしても脅かされようとしている。

しかも今度は、物理的な「暴力」の匂いを連れて。


その時、廊下からバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。


「兄上! ここにいるのですか! 勝手に抜け出さないでください!」


クロード様の悲鳴のような声だ。

どうやら、入れ違いになったらしい。


私は苦笑しながら、彼のために新しいお茶の準備を始めた。

まずは、胃の痛そうな婚約者を慰めるのが先決だ。


「……やれやれ」


戦乙女との対面まで、あと数日。

私はまだ知らない。

その皇女様が、私に対して一方的な「ライバル心」を抱いて乗り込んでくることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ここまで楽しく読ませて頂いてます。 でも、疑問が。 まず王様に関して。 ①ご自分の息子の婚約者を知らなかったのでしょうか?カイルは王様の実の息子ですよね?しかもエリアナは高位貴族のご令嬢でカイルの尻…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ