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令嬢は理想の家を建てる〜元婚約者が愛してしまった聖女に訴えられたから婚約を破棄してきたらしいけれどあなたたちの人生設計は欠陥だらけなので気をつけたほうがいいですよ?〜

作者: リーシャ
掲載日:2026/06/20

「ルクレツィア!私の判断を常に見下すかのような傲慢な態度は、王家の未来に不要である。よって、今日この場で婚約を破棄する!」


 公爵令嬢ルクレツィアは王太子ロデリックの雷鳴のような宣告を、冷たい表情で受け止めました。理由はもちろん、王太子が溺愛する聖女シエラが口にした「ルクレツィア様は建築設計ばかりで私の話を聞いてくれない」という実にくだらない訴え。


 国のインフラ整備を一手に担う天才建築家として王家に貢献してきましたが、実利主義が理想論を語る王太子や聖女とは相容れなかったのです。


「かしこまりました、殿下。ただし、私の設計図で建設中の王都郊外の廃棄予定地を自由な領地として下さいますよう」


 無価値な土地を要求したルクレツィアの提案に、王太子はあっさりと同意しました。才能を理解しないまま、真の国益となる設計図を手放したことに気づきもしませんでした。

 追放先の土地は鉱山跡地だった荒れ果てた場所。しかし、ルクレツィアにとっては最高の資材と実験場。王都の窮屈な生活から解き放たれ、生き生きと自らの才能を開花させました。


 まず、自らが住むための耐震・耐火性に優れた、光を取り込む快適な家を設計。王都では実現できなかった最新の工法を駆使し、自ら指揮を執って建設しました。

 余った資材と独自に開発した新しい軽量レンガ、断熱材を製造する工房を設立。建築資材の革命に着手します。


 早朝は設計図に向かい、日中は工房で職人たちと技術開発。夜は暖炉の前で読書をする──王都の虚飾とは無縁の知的で充実した真のスローライフ。

 建てた家は美しさと機能性を兼ね備え、瞬く間に近隣の貴族や商人の間で評判となります。


「あんなに快適な家は見たことがない」


 数年後、ルクレツィアの元に王都の深刻な状況が報告されるようになりました。追放された後、王都の建築事業は聖女の啓示に基づいた、非現実的で安価な設計に置き換えられていたのです。

 昨年の大雨で王都の新しい橋が崩落。聖女の加護があるから大丈夫という言葉を信じた結果、多くの犠牲が出ました。


 王子の仲間の貴族が資材を横領し、建設中の建物が次々と手抜き工事となり、住人が不安を訴えています。

  国外の商人や技術者たちは信頼できる技術者がいない王都から次々と撤退。国は急速に信用と経済力を失っていきました。紅茶を飲む。


「私が設計したものは崩れませんわ。私がいる限り技術は裏切りません」


 王都の崩壊をよそに、自分の領地でルクレツィア式高性能住宅の分譲を始めました。高品質で安全な家は王都から逃げ出してきた裕福な商人の間で爆発的な人気を博します。

 小さな領地は急速に富と才能が集まる新しい経済の中心地として発展し始めていたのです。


 王太子ロデリックが自らの判断ミスに気づき、ルクレツィアに「戻ってきてほしい」と使者を送ってきたとき、領地の丘の上から自らが設計した街並みを眺めていました。使者を通じてただ一言、返答を伝えさせました。


「あのような、まもなく砂のように崩れる建物の修理に私の時間は費やせません」


 一介の公爵令嬢ではありません。領地は独立した建築、経済圏となり、彼女こそが真の支配者――建築の女王でした。

 視線の先には自分が造り上げた、安全で快適で光に満ちた揺るぎない街並みが広がっていました。満足げに微笑み、新しい街の増築計画の設計図を広げるのでした。


 ルクレツィアが王都を去って五年が経過した頃、王都の行政機能は維持が困難な状況に陥っていました。

 手掛けていた都市計画とインフラ維持の全てが、追放後に聖女の啓示に基づいた、より純粋な設計へと変更されました。しかし、シエラの啓示は現実の重力や熱力学、経済原理を無視した虚飾の理想論に過ぎません。


 基礎設計した上下水道や道路のメンテナンスは放棄され、排水機能は麻痺。疫病が発生しやすくなり、市民生活を脅かし始めました。


 技術と資材の信用は国際的なものでした。設立した工房と技術者たちが、彼女の領地(新都)へと移住した結果、王都の建築技術は急激に後退。海外からの投資と建築関連の商業活動が完全に途絶。


 王子は聖女シエラがもたらす無償の愛に酔いしれ、現実的な諫言を全て無視。

 取り巻くのは聖女を利用して私腹を肥やす貴族ばかりとなり、真の忠臣たちは次々と離れていきました。

 王都は外側だけは豪華絢爛なまま、内部から深く腐敗し、いつ崩れてもおかしくない張りぼての都と化している。


 破滅の決定打はルクレツィアの領地が独立都市として正式に国際的な承認を得たその年の冬に訪れた。稀に見る大寒波が国を襲う。


 設計した新都の住宅は高性能な断熱材と計算された暖房設計により、住民は暖かく快適に過ごしました。

 しかし、王都の新しい建物はシエラの幸力の熱が守るという啓示のもと、断熱材が削減されていました。貧困層だけでなく、中流階級の市民までもが寒さで命を落とし始めました。


 暖房費は高騰し、凍死者が続出。王都全体で激しい飢餓と不満が噴出しました。そうして「聖女の力で寒さを凌ぐ」と公言していたシエラは寒波の前になすすべもなく、神託は虚言であったことが露呈。

 暴徒化した市民は王宮を取り囲み「偽りの聖女と無能な王族を追放せよ」と叫びました。


 この危機に際し、ロデリック王子は有効な手段を一つも講じられません。震えながらシエラに「どうすればいいのだ?」と助けを求めるばかり。事態の深刻さを受け、王はついに決断を下す。


「第二王子ロデリックは国益を損ない、民衆を危機に陥れた罪により、王位継承権を剥奪。聖女シエラは虚偽の神託で国政を壟断した罪により国外へ追放する」


 ロデリックはルクレツィアが去った場所に立ち尽くしました。自分が「傲慢」だと断じ、技術こそが国の唯一の生命線だったことに今さらながら気づいたのです。彼の目に映るのは暖炉も壊れ、冷たく崩れかかった王都の姿。


 二人はわずかな荷物と共に王都から追放されました。辿り着いたのはルクレツィアが築いた新都の国境付近。温かい光が灯り、皆が笑いながら暮らす理想の街が。

 ロデリックは自らが捨てたはずの元婚約者が、自らが傾けた国とは全く別の場所に鉄壁の王国を築き上げた現実を目の当たりにし、その場で膝を折りました。


 ルクレツィアは窓の外に佇む、哀れで卑屈な元婚約者たちの姿を一瞥。


「さあ、次の街区の設計図を広げて。時間泥棒は見ている暇はありません」


 自分が作り上げた完璧な空間の中で冷酷なまでに美しい笑顔を浮かべ、再び視線を走らせる。おしまいの合図は優雅にやるのだ。

最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
 廃棄鉱山による砒素中毒リスクが霞むほどの建設技術の差の開きと、ルクレツィアさん退去後の都の腐敗ぶり……白アリによる被害より凄まじそうですね。  安価欠陥設計による生活困窮に加え、横領・寄生乱発など…
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