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リュスティック・ラブストーリー〜追放令嬢は自然豊かな農村の屋敷で幼馴染の魔法使いに溺愛される〜  作者: 響 凛音
第一章 碧き美しきリュスティック

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19、新たな門出

 ロベルティーナは、リリアンヌ修道院から連れ出された後の顛末をとつとつと語った。

 父の不義理の証明、腹違いの妹ヘンリエッタと義母からの冷遇、コシュヴァーン公爵との婚約の解消、家からの追放。

 そのどれもが当時は真正面から受け止められないことであったはずなのに、いざ口に出してみれば他人のゴシップのように感じられるから不思議であった。

 目は不思議と乾いていた。もしかしたら、瞳の色が青色から砂色に変わったのかもしれない。

 シルザ家の人々はただじっと耳を傾けてくれた。

 ロベルティーナは最後までルフェルの顔は見られなかった。

 婚約者、果ては親からも捨てられた令嬢を見る目、その蔑みの色を直視することなど、とても。


「だからわたし、もう屋敷には戻れないのよ」


 戻りたいとも思わないけれど。

 ティーナは本音をそっと胸の内で独りごちた。

 首都にあるアッパークラスのアパルトマンにも、ロザリンド家のカントリーハウスにも、そしてそこに住む人々にも何の未練はなかった。唯一の財産であったドレスは妹に奪われてしまったし、本は持てるだけしか持ち出せなかった。

 しかし、在りし日の母の姿が刻み込まれたサロン、テラス、庭、それらの風景たちが、金満主義のよそ者たちに無遠慮に侵されることだけは残念だった。

 粗忽な義妹ヘンリエッタのこと、今もティーナの大切な薔薇のブランコに泥のついた靴を乗せているかもしれない。

 それをそばで直視するぐらいなら離れてしまった方がまだましで、修道院での厳格ながら穏やかな生活の方が恋しく思える。


「まさか! 旦那さまはそんなこと一言も——」


 青ざめたシルザ夫人がティーナの手を握りかえす。


「言うはずがないわ。でしょう? 父……あの人が婿の身分で直系のわたしを捨てるなんて体面保持に関わるもの」


「ああ! やっぱりこうなってしまった! あたしゃ最初から気に食わなかったんですよ! オルシェディアお嬢さま……あなたのお母さまには相応しくないと何度も申し上げたのです!」


 頷いたシルザ氏は鈍色にびいろの瞳を静かに波立たせている。


「でも、お母さまはがんとしてゆずらなかった。……知っているわ」


 それはロベルティーナもよく知っていた。生前、オルシェディア嬢は一世一代の恋をしたと、母は娘に夢見るように語っていたから。

 青白い顔に幸せそうな笑顔をほころばせる彼女が素敵に見えれば、ロベルティーナも恋に恋する気持ちになる。

 だからこそ、両親の愛の結末がこれだとは認めたくはなかった。


「それにしても、コシュヴァーン公爵は知恵もなければ見る目もないと来たもんだ! そんな輩とは離れられて結構!」


「よして、じいや。あの方はもう無関係だわ」


「しかしわしの気が済みませぬ!」


「いいのよ。ヘンリエッタは見初められて、コシュヴァーン卿は新しい若い妻を得て、父は借金から解放された。最後にわたしがいなくなって、これで円満解決なの」


 ティーナはツンとした鼻を悟られぬよう深くため息をつくと、おずおずと見回した。


「それで、お願いがあるの。よければわたしをここに置いてくれないかしら。なんでもするわ。料理でも、洗濯でも。裁縫は得意なの。あなたたちの邪魔にはならない、だから——」


 ロベルティーナの視界の端で、戸愚呂を巻くブロンドの毛先を勝手に引っ張っていた右手を、シルザ婦人がとった。


「お嬢さま。置くもなにも、ここは先代さまがそのようにと残されたのですよ。我々はただの守り人」


「では、その仲間にしてちょうだい。庭仕事は難しいかもしれないけれど、このアイビー・コテージのためになることならなんでもするつもりよ。そうさせてほしいの」


「ですが……」


 あたりに重い沈黙が立ち込める。

 ロベルティーナは夫人の手から己のをするりと抜いて、所在なさげに組み合わせた。

 ここで断られれば、わたしは本当に……。

 令嬢がくちびるを噛んだその時、短いブレスが聞こえた。


「わかりました」


「じいや!」


 気づけば、シルザ氏に抱きついていた。

 昔より少し小さく感じたけれど、抱き返してくれるその腕の優しさは変わらなかった。

 シルザ氏はそっとロベルティーナを引き剥がすとその顔を覗き込んでくれた。


「今日からここがお嬢さまの帰る場所です。まずは、ここでの生活に慣れていただきましょう。ルフェル、お前もアイビーコテージに来なさい」


「え。ちょ、ちょっと、じいちゃん——!」


 祖父の鋭い一瞥にどきりとしたのは孫だけではなかった。

 まさかルフェルと?

 体を凍り付かせて瞳をぱちくりさせる令嬢に気付かぬまま、庭師の一家が話を進めている。


「母さんが腰をやった今、住み込みで働けるのはお前しかおらんだろう」


「いや、だからって男と二人ってのは、いろいろ……! そうだ、村でメイドを雇おう——!」


「もちろんそうするとも。だが今はお前がやるのだ。今どこに間借りしているのは知らんが、すぐに引き払ってこい。できれば今日中にだ。リュスティック村なら往復できるだろう」


「そうだよ。あたしの分もあんたがお支えしなさい。いいね。お嬢さま。ルフェルでどうにもならないことがあったら、いつでも! ばあやのところへいらしてくださいね」


「え、ええ……」


 嬉しさも束の間、ロベルティーナは戸惑いに支配された。

 まさか、ルフェルの生活まで一変させてしまうだなんて。彼だって村の仕事があっただろう。しかし箱入り娘が突然の田舎暮らしに馴染めるはずもない。

 できれば助けて欲しい。でも……。

 ルフェルをちらりと伺うと、視線が彼のとはちあった。

 たった一瞬なのに、目を合わせていられなくてすぐに逸らしてしまった。

 彼はなんて思っているのかしら。

 家からの追放に夢も希望もなかった。

 ただ、大好きな本を読んで暮らせればそれでよかった。

 それが、ルフェル——初恋の男性と同じ屋根の下で、二人きりで暮らすことになるなんて。

 

ここまで読んでくださりありがとうございます。

展開がいくつかあってずっと悩んでいましたが、二人暮らし編に決めました。

ティーナと一緒にどきどきしましょうっ。

私もアイビーコテージの壁紙になってそっと見守ります。

応援よろしくお願いしますー。


次回から第二章です。

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