18、見舞って
ここまでのあらすじ
婚約解消に至る嫌な夢を見て目覚めたロベルティーナに、朝一番、ばあやがぎっくり腰になったとのニュースが飛び込みました。
〈魔女の一撃〉だなんて!
ロベルティーナは手近にあった羽織ものに腕を通すと、一目散に部屋を飛び出して階段を駆け降りた。
リリアンヌ修道院でも年長のシスターが腰を痛めていた。
寝ても座っても激痛に顔をしかめていて、壁に手をついて立っているのがもっとも楽だというのだから、たいそう気の毒だった。
ばあやもきっと辛いはずだわ。
玄関の戸口は目前というところで、温かな壁に顔ごとぶつかった。
ルフェルだ。気づけば令嬢は彼の懐に収まっていた。
「ルフェルーー!」
「ティーナ、俺でよければ朝食を作るけどーー」
「わたしのことはいいの」
令嬢はそのままかじりついた。
「ばあやは大丈夫なの?」
「本人はそう言ってる」
「きっと強がりだわ。ねえ、何かできることはある?」
「『お嬢さまにしていただくことなんて、なにも』」
シルザ夫人の真似をして肩をすくめたルフェルを睨みつける。
しばらくそうしていると、ロベルティーナが引き下がらないのを見てとるや、青年はため息を落とした。
「こちらです、ミレディ」
***
暖かな日差しにまぶされながらルフェルの背中に続いて離れのドア枠をくぐると、無数に吊るされたドライフラワーに迎えられた。
食器棚には大きな皿がいくつも飾られており、テーブルには花柄のクロスがかかっている。マントルピースは居間を温めるのに必要なだけの大きさだ。
アイビー・コテージを縮小したようなそこは、あたたかな生活感にあふれていた。
と、奥の扉から現れた老人が顎を下げた。シルザ氏だ。
「お嬢さま。ご足労いただかなくともーー」
「いいのよ、じいや。わたしが来たかったの。あなたたちのお家にね。ねえ、ばあやはいかがかしら」
「なに、簡単な話です。家内は張り切りすぎたんですよ」
「……わたしのせいね」
「お嬢さまが気に病むことはありません」
「そうそう。ここのところ男の世話しかしてなかったから、張り切っちゃってーー」
「ルフェル!」
と、奥の部屋から老女の叱責が飛んできた。
ロベルティーナがシルザ家の二人に目配せすると、二人は小さく頷いてくれた。
「聞こえたわよ! あんたね、いい加減にしなさいよ。ティーナお嬢さまに失礼があってはなりません!」
遠慮なく声のする方へ進み、うっすらと開いていたドアの隙間から顔を出す。
すると、シルザ夫人が不恰好に横たわっているのが見えた。
いつも綺麗にまとめてある髪は乱れ、顔に疲れの色が見える。身だしなみを整えるのにも支障があるのだろう。
「いいのよ、ばあや」
シルザ夫人はロベルティーナの顔を見るなり体を起こした。
が、次の瞬間には顔をしかめていて、令嬢も駆け寄っていた。
「お嬢さま! なにがいいものですかーー!」
「わたしがいいって言ったらいいの!」
シルザ夫人がきょとんとする。
無理もない。思っていた以上に語気が強くて、ロベルティーナは自分でも驚いているのだ。
令嬢はそっと膝を折って老女の手を取った。
「具合は悪そうね。ねえ、困っていることがあればなんでも言って」
「いいえ、なにも。お嬢さまはごゆるりと限られたお休みを満喫なさってくださいませ。お食事もご心配なく。起き抜けが一番しんどいだけです。アンゲン先生は寝たきりよりもちょっと動くぐらいがいいって仰っていましたからねーー」
やっぱりあの方はお医者様なのね。
ひとりでに納得したロベルティーナの握る手が自然と強まった。
「ばあや」
「わたしね、あなたの助けになりたいの。ばあやはいつでもわたしの味方でいてくれた。今度はわたしが」
どう説得しようとも、押し問答になるのは見えている。
〈これから〉について語るべき時は今なのかもしれない。
ロベルティーナは生唾を飲み込んだ。
「ばあや、じいや。ルフェルも聞いて。わたしーー」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ティーナのやりたいこと、これでいいのかな、と彼女と二人で一緒に悩んでいた二週間でした。
きっと有象無象のひしめく社交界で輝くことより、大切に思う人と場所のために生きたい、やっぱりそういう子だろうと思って、彼女の心に従って書くことにしました。
そして、意外と頑固者みたいです。
次のお話で、ティーナの「これから」が見えてきたところにて第一章が終わる予定です。
彼女の第二の人生が素敵なものになるよう、大事に書いていきます。
不定期の更新ですが、どうぞお付き合いくださいませ。




