12、運ばれて
これまでのあらすじ
のぼせてしまったロベルティーナは気づけばルフェルに抱き上げられていました。
「お嬢さまをベッドへ、ルフェル。あたしはお食事を温めてくるから」
シルザ夫人がぱたぱたとランタンごとどこかへ消えると、薄暗い部屋で二人きりになった。
「る、ルフェル、歩けるわ、わたし」
「そう言ってまた転ばれるでしょう、あなたは」
庭師は頑なに緑の瞳を合わせてはくれない。
そもそも、ロベルティーナも顔が熱く燃えていて見上げるどころではなかったのだが。
ひと暴れして無理やり降りることも考えたが、茹で上がった頭とくったりした四肢では難しく、さらには抱き上げてくれる腕があまりに力強いものだから諦めてしまった。
彼はずんずんと歩みを進めて、シルザ夫人が開け放ってくれた戸をくぐる。
元きた道を辿り部屋へ戻るのだ。
階段に差し掛かったあたりで、ロベルティーナは観念した。
つまり、高なる胸をぎゅっと両手で押さえつけながら、全身をルフェルに委ねた。
これ以上抵抗するのも運んでくれる彼に悪いだろう。
とんとんと穏やかな足取りが階段を打ち鳴らすたびに二人が揺れる。
令嬢が小さな耳を寄せた肩や、ぴったりと接している腕から彼の鼓動が直に伝わってくるようだ。
吐息を近くに感じる。ときおり大きく迫り出した喉仏が上下する。
彼の高い鼻と形の良いくちびるがすぐそこにある。
意識するなというほうが難しい。
暗がりと状況を利用して偶然を装って頬へいたずらにくちづけて、彼のことを試すことだってできるだろう。
あの日のときめきを覚えているか、と尋ねる代わりに。
けれどロベルティーナはただの一度も相手の愛を試したことがなかった。
十年前のルフェルにも、自分を捨てたコシュヴァーン公爵にも。
もしもそのような恋愛巧者であるなら、ロベルティーナは今ここにはいないはずだ。
加えて、その気がないことがわかりきっている相手、ましてや嫌われている相手に一体何ができよう。
二人の淡い恋は十年の過去のもの。
それはお気に入りだったお日様色のドレスをもう着ることができないように。
早く。
ぎゅっと目を瞑るロベルティーナの鼻腔を、彼のあたたかな体臭が満たす。
草木の青さを思わせる爽やかなトップと甘い花の咲くミドルは愛用の香水だろうか。
その奥には甘塩っぱい体臭が彼そのもののようにしっかりと存在感を放っている。
早く。
階段を上りきった先が令嬢の部屋だ。
開け放たれている戸口をくぐると、もうほとんど力をなくした斜陽が差し込んで屋内を暗い朱色に染めていた。
夜の入り口に置かれたようなベッドへ横たえられて、ロベルティーナはやっと解放された。
掛け布団が少しひんやりしたけれど、何よりほっとした。
あのまま甘い体臭に包まれていたら、変な気を起こしかねなかった。
「悪かったわ、重たい思いをさせて」
と、ロベルティーナは上体を起こした。
しかし、それは成功しなかった。
気づけばティーナは両肩を押されてベッドに押し付けられていた。
見上げた真正面にすっかり男らしくなったルフェルの顔がある。
どういうつもり?
令嬢は反駁に口を開いたが、声は出ず虚空に喘ぐにとどまった。
「こうでもしませんと、お嬢さまはお休みにならないでしょうから」
彼はロベルティーナの心を読んだようにいう。
確かに、寝たがらない少女ティーナをシルザ夫人はこのように押しくるめていたことがある。
孫息子の彼が同じ経験から誰かにそうしてもおかしくはない。
けれども。
「わたし、もう子どもじゃないわ」
「では、お休みのキスは不要ですね」
少し掠れたテノールがロベルティーナの胸を締め付ける。
ルフェルの高い鼻が探るようにこちらへ近づく。




