勝負
準備が終わり、わたしたちは試合を始めた。パチン、パチンと碁石を置く音がしばらく鳴り続き、相手の男が「参った」と言ったことで終わりを迎えた。
「ありがとうございました。ここをこうなされば、次は勝てるやもしれませぬ」
わたしがそう伝えると、男は頷いて去っていった。どうやらもう一度挑戦するために待つようだ。そして、その男の次に並んでいた客にも勝ち、その次、次……と勝っていくうちに、行列ができていたのであることを思い付いたわたしは碁盤をもう一つ持ってきた。そして、二人同時に相手を始めた。そんなことを繰り返していると、いつの間にか列に並んでいた鞠藍さんが深い青で染めた爪で碁石を置いたので、わたしも黙って石を置く。これまでのわたしの客の中で一番骨がある。わたしがつい本気になると、程なく勝つことができた。
「ふふっ、それなら十分稼げるわ。頑張って」
そう鞠藍さんに励まされてから数刻。わたしはようやく途絶えた列に安堵し、宿の自分の部屋へと向かい、寝台に突っ伏した。
「疲れた……」
楽しかったのだが、なんせ夕方から夜更けまで一睡もせずに碁を打つのだ。疲れないわけがない。でも、これなら鞠藍さんが言った通り稼げるかもしれない。布袋はずっしりと重い。後で起きたら父様に報告しよう。そう思ったわたしは、すぐに眠りについた。
遊び女として過ごし始めて二ヶ月。すっかり周りと馴染んだわたしは、今日は休みをもらっている。でも底抜けに気分が悪いので、今楽団の医師・大葉さんの所に向かっている。でもその途中で、これは駄目だ、と気付いた。目眩までしてくる。そして、あえなく意識を手放した。
○○○
次に目を覚ました時、わたしはどこの宿でも薬草の香りが漂う大葉さんの部屋、みんなから毎回「医務室」と呼ばれている場所の寝台の上に横たわっていた。すぐそばで薬の調合をしていた気品のある女性がわたしの額に手を当てる。
「良かった。目が覚めたのね。気分はどう?」
「はい、吐き気がしますが、目眩は収まりました」
わたしがそう言って微笑むと、大葉さんは思案顔になった。
「おかしいわ。菁凜さん、廊下で吐いていたから、気を失っている間に速効性のある薬を飲んでもらったのだけれど」
その言葉に、わたしは嫌な汗が流れるのを感じる。それを確認するために、わたしは大葉さんに質問した。
「あの、わたしが倒れたのって、貧血……ですか?」
「ええ、そうよ。それが何か……っ、まさか……」
大葉さんも気付いたようだ。
「はい。そのまさかです。この楽団に入ってから、一度も月のものが来ていないんです。そんなこともあるだろうと、気付かない振りをしていました。愚かですよね。自分の子の存在を認めようとしないなんて」
あの人あの人と口付けなしの閨を過ごした回数は多々ある。わたしが腹部に手を当ててそう言うと、大葉さんが立ち上がって急いで部屋を出ていき、すぐに慌てた様子の鞠藍さんを連れて帰ってきた。
「菁凜さん、あなた……本当なの?」
鞠藍さんの言葉に、わたしは静かに頷く。
「ええ。大葉さん、団長と二人で話がしたいんです。席を外して頂けますか?」
わたしが問うと、大葉さんは頷いて部屋を出た。二人きりの室内で、わたしは口を開く。
「申し訳ありません。これからここが開くまでは、芸者の仕事はできません。あと少し、遊び女としての仕事ならできます」
「ええ。お願いね。それで、お相手は?分かりきっていることを、とは思わないでね。改めて、聞きたいの」
彼女の言葉に、わたしは小さな声で「緑の宮」と呟いた。
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