初舞台
次の街、我良に到着し荷ほどきを終えるとすぐに稽古が始まった。わたしは李里さんと一緒に年配の舞子さんに稽古を着けてもらう。李里さんの舞を見た老師は注意をたくさんしていたが、わたしの舞を見ると歯をニカッと見せて親指を立ててくれた。ホッとしたが、同時に当然という気持ちが頭をもたげ、わたしは慌てて引っ込めさせる。いけない、この楽団にいさせてもらえるのだから、もっと高度な教育を受けたいなんて、思ってはならない。わたしがそう決意している横で、老師はたくさんの芸者さんたちに稽古をつけろとせがませれている。わたしが何となく見物していると、老師がいきなりわたしの方を指差す。あっ、待って、嫌な予感がする。わたしはそう思って逃げようとしたが、芸者さんたちに腕をがっちり掴まれ、連行された。途中で老師が良と親指を立ててきたのでいや、それやれば全部済むって話じゃないから、と突っ込みたくなったがやめた。後々面倒臭そうだったから。そして連行されたわたしは案の定、老師の代わりに芸者さんたちに稽古をつけることになり。後で初舞台が控えているというのに疲れる羽目になった。もう老師嫌い。これからは婆って呼ぶ。わたしは舞台のために着替えながら、密かにそう決意した。今回の衣装は砂漠地帯に住む民族の物で、楽団が旅をしている時に砂漠地帯に寄り、そこで大量に譲り受けたそう。わたしが着るのは吸い込まれるような青を基調としたもの。わたしは鏡を見て驚いた。瞳が真っ赤なので似合わないかと思っていたのに、髪色のお陰で馴染んでいる。
「うわあ、菁凜さん、似合うわねえ。やっぱり元が良いからかしら」
李里さんのその言葉に、わたしはぶんぶん首を横に振る。
「そんなことないです!そう言う李里さんこそ、とても似合ってます!」
李里さんは淡い栗色の髪に深い青色の瞳という優しい色合いの持ち主で、鞠藍さんが選んだ薄い桃色の衣を品良く着こなし、髪型はわたしの自信作である二本の三つ編みという出で立ち。この人のどこに非がある。非の打ち所がないとは正にこれを言う。対するわたしは青緑の少し短くなった髪を左右から少しずつ取って細い三つ編みにし、その二本の三つ編みを一つに合わせ、あとの髪は右肩の上に流している。個人的にとても気に入っている髪型だ。二人でそんな話をしていると、控え室に老師、改め婆が入ってきた。
「二人とも、出番だ。合図があったら舞台に上がってきな」
わたしは李里さんと顔を見合わせ、婆に頷きかけて見せた。そして、婆が去って少し後。舞台から合図があり、二人で裸足の足首に着いた鈴の輪を鳴らして舞台に上がる。そして、観客席に座っている人数の多さに驚いた。鈴楽団が新人の初舞台ということを公表して宣伝していたこともあるんだろうが、この人数はすごい。反対側の舞台袖から上がってきた菁明も目を見開いている。でも、わたしたちは何もなかったかのように舞を始めた。
やっぱり舞うのは楽しい。わたしはそう思いながらこの後にあることを思い出し、身震いする。この後、宴があり、その後、自分を指名した客と一緒に寝所を共にするのだ。それで食べ物を買ったり宿に泊まるためのお金を稼ぐのだと父様は言っていたが、樹衣さま以外の殿方と肌を合わせるのには抵抗がある。樹衣さまとは口付けなしで夜を過ごしたことがある。そんなわたしの気を知ってか知らずか、観客の男性たちはわたしの顔、体の凸凹、胸の大きさなどを見て寝台での相手に相応しいか判断している。避妊薬を飲まねばならないのは分かっているが、そこまでして身を売る必要があるのか。わたしの中の何かが避妊薬を飲むな、男と肌を合わせるな、と警告してくる。だからわたしは、大胆なことを考えた。舞い終わったら鞠藍さんに寝台での情事はしたくないと伝えよう。そう決意したわたしは、舞を終えてすぐに鞠藍さんの元に向かった。
「団長!少しお話が」
わたしがそう言うと、華やかな衣装を着た鞠藍さんは頷いてこちらに来てくれた。
「何?菁凜さん。内密の話かしら」
「はい。その、前の恋人以外の殿方と肌を合わせたくないんです。碁や将棋なら得意です。遊び女としていただけないでしょうか」
わたしが一息に話すと、鞠藍さんは優しく微笑んでくれた。
「そういうことなら。分かったわ。この楽団の唯一の遊び女、頑張ってね。たくさん稼がないとお仕置きよ」
「はい!ありがとうございます!」
わたしはそう言って碁盤を用意し始めた。観客席にいた人たちが、わたしを見て少しずつ集まってきて、そのうちの一人の男が訊いてきた。
「姉ちゃん、ここで碁ができんのか?」
「はい。一勝負につきこの値段です。やりますか?」
わたしが紙に値段を書いて男に見せると、その男は向かいの席に座り、懐から小銭を取り出して机に置いた。わたしはそれを布袋に入れ、碁石を並べ始めた。
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