旅立つ
鞠藍さんと菁明と寝坊してから数日後。わたしたち鈴楽団一行は、旅明を後にした。もちろんわたしは愛馬の相狼に乗っている。菁明と徠麌は馬に化けた蘭蘭に相乗りしていて、好きな人にしがみついた菁明の顔は真っ赤になっている。ふふ、可愛い。それにしてもここの楽団の女性たちは皆逞しい。央都の高官の娘のように見栄を張っているだけではなく、馬術もしっかりとこなす。
「ね、菁凜さん!あなた、どうやってそんな風にきれいになったの?その唇の色とか、何かしたの?」
相狼の隣にご自分の馬を並べてわたしに話しかけてきたのは李里さん。特徴的な鶯色の艶やかで長い髪に、真っ赤な瞳の持ち主の18歳だ。一つ年上の彼女は8年前、お母上と一緒にこの楽団に入団したらしく、入ってきたばかりのわたしたちにも優しく接してくれている方だ。でもその会話の中には年相応の肌のお手入れのことなども入っている。
「いえ……わたし、物心がついた頃にはもうこの顔でしたので。それに母ーーあ、育ての母が言うには、この唇は生まれつきだそうで」
わたしが苦笑しながらそう言うと、李里さんは目を丸くした。
「えっ!?すごい!菁凜さん、それが素の顔なのね!?羨ましいわ!」
少しだけ優越感。でも、自慢をしたら嫌われそうなので心の中に留めておく。わたしは適当に笑って流して、この胸に焼き付いて離れない人に語りかける。
樹衣さま。あなたは今頃、どちらにいらっしゃるのでしょう。お元気でしょうか。わたしのことを、思い出して下さっているでしょうか。わたしは未だにあなたのことを忘れることができません。自分で逃げたくせにと、嫌味を言われても構いません。元の関係に戻りたいとも望みません。ですから、ただ胸の中であなたを想い続けることをお許しください。これでもわたし、あなたの従伯母なのですから。
「菁凜。どうかしたのか?」
わたしがただただ青い空を眺めながら馬を進めていると、すぐ後ろから声がかかる。振り向くとそこには兄様がいた。
「いえ、何でも。少し考え事をしていて」
わたしが振り向き、そう言って微笑むと、兄様も優しく笑いかけてくれる。
「君は央都の出身?」
「あ、はい。よくわかりましたね。どうしてですか?」
唐突な質問に少々拍子抜けしながらわたしがそう答えると、兄様は考える素振りを見せる。
「いや、どこか世慣れていない感じがしたから。そうか、央都の出身か。実は俺も央都出身なんだ」
彼の言葉にわたしは驚きを隠せない。
「まあ、そうだったのですか!?ではもしかして……」
わたしは思わず考え込んだ。央都出身、名前は安琴となればものすごく思い当たる方がいる。わたしのために命を落とした、大切な同母の兄。
「菁凜?」
物思いに耽っていたわたしは兄様の声にハッと我に帰る。
「何でもありません。次に泊まるのはどの街ですか?速く初めての舞台に立ちたいです」
わたしがずっと思っていたことを口にすると、兄様は苦笑を浮かべた。
「もう芸人魂に火が着いたみたいだな。もうすぐ着くはずだから、少しの辛抱だ、待っていろ」
その言葉にわたしは頬が緩むのを押さえられない。宮都一の舞の名手と呼ばれたからには、お世話になっている楽団の皆さんのために最高の芸を見せないと!そう決意したわたしは、心を踊らせて相狼を走らせた。
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