怪物
旅館の娘は、怪我をして2週間が経った今でも部屋から出られないらしい。それに、父親と兄弟しか見舞いに来ていないんだそう。こういう時、普通は母親が見舞いに来るものじゃないのか。まあ、母親がいないわたしには分からないが、わたしが熱を出した時などは、少なくとも育ての親である風鈴さまはしょっちゅう見舞いに訪れてくれた。旅館の娘の母親ー確か、矢旬と言ったかな。矢旬は娘が心配じゃないのか。そんなことを考えているうちに、旅館の娘の部屋に着いた。一応の礼儀として、部屋の扉を叩く。
「失礼いたします。旅館のお嬢様、緑の宮が侍女・明美美と申します。あなた様が大怪我を負われた理由を聞きたく思い、参った次第でございます。お部屋に入ってもよろしいでしょうか」
格式ばった挨拶をし、そう問うと、小さな声で「どうぞ、お入り下さい」と言うのが聞こえたので、遠慮なく入らせていただく。部屋に入ったところで、まず目に入ってくるのは包帯がたくさん積まれた棚と、薬棚。その後にようやく、寝台と病人が見える。
「ようこそお出でくださいました、美美さま。旅館の主、捫苓が長女・督羅と申します。どうぞ、お見知りおきを」
「督羅さま、こちらこそ、本日は無理を言って申し訳ございません」
「良いのです。私が話すことで今後この村の人間が怪我をしないのであれば、話すことは惜しみません」
督羅さんの言葉に、わたしは軽く頷く。そして、どうぞと勧められた木の椅子に座る。そして、椅子に付けられた紋章に目を見開く。なぜって?見覚えがありすぎる物だったから。
「っ……!」
わたしとて、実家に情がないわけではないので、いざというときのために明家のことを学んだ。そして。明家と敵対する家のことも。明家の天敵。それは、們家。その、們家の紋章が、椅子に彫られていた。
「美美さま?どうかなさりましたか?」
督羅さんが不思議そうな顔でわたしを覗き込んでくる。そうか。督羅さんは旅館の娘。政治家同士の敵対なんて知らないはずだ。だったら、他意はない。そういえば、們家は木材を加工した物を売る家。ここに們家の紋章付きの椅子があってもおかしくはない。
「いいえ、何でもありません。では、早速ですがお話を伺っても?」
「はい……この部屋を見てお察しかと思いますが、私は医者、というか、薬師をやっております。その日も、足りなくなった薬草を採りに行っていたんです。そうしたら……か、かい、怪物が…襲って来て……思い出すと今でも恐ろしいです。もう、森には行けない…!」
督羅さんはカタカタと震えだした。わたしは思わず立ち上がり、背中をさする。
「督羅さん、大丈夫。大丈夫だから。ここには怪物はいない。わたしが守る」
「はあ…はあ…はあ…」
「大丈夫よ。わたしたちがあの森からいなくならせるから」
「本当に?」
「ええ。大丈夫。だから、その怪物の特徴を教えて」
「はい。……私を襲ってきた爪は、猫の爪を大きくしたようなものでした。顔は、まるで熊のようで、胴と手足は獅子のもの。そして、尾は蛇でした」
それは本当に怪物じゃないか。そんなに目立つ生き物がいればどこからでも見えそう。
「大きさは?」
「大きさは、丸太のような巨体でした。あんなモノに襲われて生きていられたことが奇跡のよう」
確かに、奇跡だ。あ。待って。本当に良いこと思い付いた。
「督羅さん。わたし、とてもよいことを思いつきました」
「えっ?」
不思議そうな顔をする督羅さんに、わたしはあることを教えた。
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