別人
「あ、あの、兄さんに会わせていただけませんか」
雲風は、扉の外に立っている護衛の男に言う。兄は左腕を折られたので、心配である。
「無理だよ。兄ちゃん、あの盗賊の兄さんに似てねえよな。本当に兄弟なのか?」
護衛の人に言われたのは、いつも言われる言葉だった。なぜなのか考えたことはある。もしかしたら本当は母さんの養い子なのだろうか。
「はい、確信はありませんが、気持ちの上では確かに兄弟です」
「ふうーん。そうなのか。俺は駕恚だ。何かと話す機会もあるんじゃないか?お互い暇だしよ」
駕恚さん。よし、覚えた。俺は金の瞳のせいで少し視力が悪い。視界が光って見えるからだ。だから、人の顔を覚えるのが苦手。駕恚さんと話していると、扉から美男美女のコンビが入ってきた。美男の方は藍色の髪に透き通るような赤い瞳。美女の方は青緑の髪に透き通るような赤い瞳に…右腕に包帯がぐるぐる巻きだ。
「疲れているところ失礼。私は樹衣という。一応は東宮だ」
「わたしは美美と申します。本当に、高貴な雰囲気の方ですね」
美女ー美美さんは聞き覚えのある声でしゃべる。どこで聞いたんだっけな。
雲風は不思議に思いながら、
「ありがとうございます。僕は雲風と申します。皇族を襲うという大変失礼なことをした者の弟にも関わらず、緑の宮自らご訪問くださって、恐悦至極に存じます。兄があのようなことをやらかし、誠に申し訳ありませんでした。もとはといえば、僕がついていながら兄を止められなかったのが悪いです。少し弁解がましいかもしれませんが、兄は血気盛んな年です。重ねて謝罪をいたします」
と、盗賊の弟だとは思えない丁寧でしっかりした口調で言った。
本当に、あの盗賊に似てないなあ。金色の瞳も。最近読んだ書物によると、金色の瞳は視力が少し悪い人と逆にものすごく良い人とがいるそうだ。この雲風君は悪いほうかな。
「本当にしっかりした盗賊さんね」
樹衣がこれ以上自らの声でしゃべると東宮の口が汚れるとかなんとかの変な迷信があるため、樹衣がわたしの耳に吹き込んだ言葉をわたしが代弁する。だが、多少は自分の言葉で突っ走ってもいいでしょ。
美美はそう思い、樹衣の元から雲風の元へしっかりとした所作で歩いていく。
「失礼ですが、本当に視力がお悪いのですね。わたしの顔に見覚えがございません?」
「はあ」
雲風君は心底不思議そうな顔をする。
美美は少しイラつき、頬をぷくっと膨らませる。そんなもので済むのならまだ良い方だ。美美の本能が最大限にイラつくな、そうしたらお前は制御が効かなくなる、と言っているので、美美はそこはこれからも気を付けよう、と思う。そこはさておき、雲風が何も分かっていないので、美美は目元をそっと手拭いで拭う。すると、視力が悪い者にはとても分かりがたい、化粧をしている時とは全く別人の、盗賊に反撃した時の唇だけが赤い美男の顔が現れた。
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