祭りの後の静けさ
「姫様、お待ち下さい!姫様!」
「嫌よ!私は東宮さまの奥方になるのよ!だから待たないわ!」
大祭りの後、誰もいなくなった静かな会場に、東国の姫と侍女が走っていた。姫はまだ6歳の幼子だ。姫は兄と妹と共に、父に連れられ、宮都の中心ー央都おうとの10年に1度催される大祭りに来ていた。そこで偶然、姫は皇族の観覧塔から覗くまだ若き18歳の東宮の顔を拝見した。10以上年上だが、まだ恋というものを知らなかった姫は、東宮を初恋の人としたのだ。足軽から宮都の東国の主となった男の娘が東宮に恋をし、妻になりたいと言った。それを聞いた人間は、全員心の底では無理だと思っていた。姫の父親を除いて。
10年後、この姫ー和陽が、皇帝の正妻になるとは、この時皆、知る由もなかった。
「お上かみ、私は、この大祭りであなた様と出会い、恋をしました。当時私はまだ6歳という幼子でしたから、初恋を東宮にしてしまったのです」
和陽は苦笑し、義理の甥の侍女・美美が美しく舞うのを見ながら皇帝に幼い頃の自分の心情を伝える。着飾っていても、和陽は和陽だ。心の中に無邪気さは残っている。その無邪気さによって作られたこれまた無邪気な笑顔に、皇帝は微笑む。
「ははは、そなたも15年前の大祭りに参加していたのか」
「それはまあ。その当時、父はまだ東国の主になって1年目でしたので、家族全員、大祭りは初めてでしたわ」
「そうか。そういえば、そなたの父・和懣は病に臥せっているのであろう?見舞いのために里帰りせんでも良いのか」
皇帝がそう言うと、和陽は少し暗い顔になり、首をふる。
「いいえ、お上の正妻としての仕事がございます。他国の婦人方と茶会をして他国の情勢を探ることができる者は私を除いて他にはございません」
和陽はきっぱりと言い切った。
物心ついてから初の大祭りが終わり、宴に移った。まったく、なぜ大祭りで疲れた後に宴があるのか。ずっと座っているのは疲れる…。
美美はそう思っていた。ということで、給仕の侍女としてバリバリ働いている。給仕の侍女は当日でも登録してもらえるらしく、皇族の連れのための華やかな服を脱ぎ、少し身をやつした。
だが、この顔ではいくら身をやつしても声をかけられる。そこに助け舟を出してくれたのが黒髪に紫の瞳を持つ皇族の男で美美の異母兄ー張今だった。
「美美、なぜ給仕の侍女のふりをしている?」
「いえ、兄さま。給仕の侍女の「ふり」ではございません。ちゃんと登録もしてあります」
「ではなぜ、樹衣と共に行動していないのだ。樹衣に誘われていたのだろう?」
「まあ、そうですけど。あんな風に自分の名前叫ばれて探されるのも迷惑ですが…」
塔の下では、美美の名を叫びながら走り回っている樹衣の従者がいた。樹衣にはお手洗いに行ってくる、と言ったので、おそらく行方不明扱いなのだろう。別にいいが。
「ずっと座りっぱなしでは臀部が痛くなりますので」
美美の言葉に、張今の隣に座っている妻・楪蝶が吹き出す。
「ふふっ、美美さま、臀部が痛くなるって、ふふっ」
「何でしょうか、「お姉さま」!」
美美はわざと「お姉さま」という部分を強調して言う。
楪蝶のことはあまり好かない。まだ25と若く、少し年が近いが、兄さまを色目で惹き付けるので、腹が立つ。
美美はいつの間にか、張今のことを兄として慕うようになっていた。もちろん、そんなに慕っているのだから、兄をたぶらかす楪蝶のことは気に入らないのだ。こうして、美美が給仕の侍女として働いているうちに、宴は終わった。樹衣の従者が美美のことを見つけ、連れ戻したので、騒がしさがおさまった。これで大祭りは滞りなく終わる…かのように見えた。
皆が帰ろうとしている時、祭りの後の静けさに、誰かの叫びがこだまする。
何だろう?
皆がそう思った瞬間、つい先ほどまで皇帝と和陽がいた塔の中で、爆発が起きた。それに気付き、いち早く反応したのは美美だった。記憶を失ってから初めての爆発に、好奇心がそそられた。給仕の侍女の服だったので、動きやすい。そして、美美が塔の下に着いた美美が発見したのは、ガラス製の棺に入れられ、眠るように息絶えている若草色の髪をした張今と変わらないくらいの年齢の男だった。
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