対決と想い
「実戦形式でお願いします」
おさみがそう言った。その紅の唇から放たれた言葉に、俺は一瞬固まった。女で俺よりも8寸も身長が低く、体重もはるかに軽い。そんなことを言われ、俺は断ろうとしたが、俺の口はあらぬことを言った。
「お前がそう言うのなら良いのだが…」
そして、お互いにあらぬ行動をした。木刀を鞘から抜いたのだ。
樹衣と美美、樹衣が優勢かと思われたため、樹衣は手を抜いた。それが仇になった。あろうことか、樹衣は美美に負けた。美美の木刀は樹衣の首筋に当てられ、樹衣は身動きがとれなくなっていた。少し汗をかいた美美の顔は、とても凛々しかった。
「あらあら。樹衣さまに美美が勝ったのですか」
夕餉の際、舞雪が驚いた声を出した。それが妥当な答えだろう。そして美美は一介の侍女の物とは思えない夕餉を出されていた。
「舞雪さま、さすがにこの食事はわたしには不似合いなのでは…」
美美は心の中でもっと食べたいと思いながら言った。だが、舞雪は首をふる。
「いいえ、美美、あなたには大祭りの会場で舞う役目もあるわ。後で舞の稽古をするのだから、たくさん食べないと」
え!?わたし、大祭りで舞うの!?聞いてな~い!
「そういえば稽古は今日だったか」
「き、聞いてません!いきなりそんなことを言われても困ります!」
椅子からすごい勢いで美美が立ち上がると、樹衣はため息をつく。
「あのな、お前が記憶を失う前だったから覚えていないと思うが、お前は宮都一と言われるほどの舞の名手だったのだぞ」
「ですが…。急すぎません?」
「そうか?それと、この間うで飾りを渡したはずなのだが、なぜつけない?」
「普通、わざわざ仕事の邪魔になるものをつけますか?」
「あらあら、私が言い忘れておりました。樹衣さま、申し訳ございません。美美、大祭りの招待状はもらってからずっと人前でつけるという規則があるの。だから、仕事の邪魔でもつけなければならないの。うで飾りはその殿方の身分によって違うのだけれど、皇族は一人一人全く違うものなの。だから、あなたがそれをつけていたら他の殿方にあなたのことを誘ってはいけないということを暗示できるわ」
おおっ!それで大祭り当日に行かなければ、サボれる!?
「…!」
「「はあ……」」
二人の声が重なる。そして、樹衣が口を開いた。
「おさみ、お前、絶対にサボろうと思っているだろう?サボられると舞の主役がいなくなってとても困るのだが」
うぐっ。
「はあ、分かりました」
こうして、夕餉を食べ終わり、舞の稽古が始まった。体が覚えていたため、稽古は大祭りの振りを覚える。美美が舞う度に衣も舞う。樹衣は戸の隙間から稽古の様子を見ていた。
(なぜ俺は大祭りにおさみを誘ってしまったのだろう。おさみは安喜の娘という立場だが、おさみの兄・安琴殿が舞雪のもとにおさみを連れてきたことにより、どこの出か分からぬ娘になった。そんな女が東宮の隣に座っていたら、一番苦しくなるのはおさみだというのに…)
樹衣はそう思いながら寝室へ向かう。
いつからか、母・風鈴が樹衣と同じように可愛がり始めた娘。幼なじみとして、主と侍女として。そして、従伯母として。おさみの本当の立場を知る者は死者も含めて5人程度。この宮都で最も美しく、不幸な人間・おさみ。気丈に生きるおさみ。いつしか、おさみには憐れみではなく、恋の視線を向けていた。そして、彼女が記憶を失った時、正直よかったと思った。今までの不幸な身の上を忘れることができたから。自分が幸せにしてあげられるようになったから。そう思う俺は最低なのだろうか。
樹衣は、静かな月の夜、静かに考えた。
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