あの人の来訪
今日は最悪の日だ。安喜が、樹衣のところに臣下としてくるが、それは表向きの理由だ。所詮はわたしが樹衣の寵愛を受けられるように何か画策するのだろう。もっとも、わたしはあんな男の妻や妾、愛人や恋人になるつもりは、ない。だが、好きなように使われる道具、それが女だ。否やは言えない。
「はあ~…。」
「おさみ?どうしたんだ」
いけない。今は朝餉を運んでいたんだ。だが、こいつでもわたしの気持ちが分かるはずなのに。いや、当たり前だ。わたしが実家のことだけ覚えていることを、樹衣は知らない。しょうがないことだ。
「わたしは記憶を失いました。ですが、実家のことだけは覚えています。これで、あなたなら分かるでしょう?」
「そうだったのか。覚えているとは知らず、断れなかったのはすまなかった。それは謝らなければならない」
「良いのです。そのかわり、物置に隠れていてもよろしいでしょうか」
「ああ。良いだろう。俺につくのは舞雪だけにしよう」
「お気遣い、誠にありがとうございます」
美美はそう言って部屋を出た。だが、外には…安喜がいた。
「……」
美美は無言でその場を去ろうとした。だが、安喜に呼び止められる。
「おや、誰かと思えば美美ではないか。薬を飲んで記憶を失ったと聞いたぞ。身体は大丈夫なのか?」
いや。あなたの言葉なんて聞きたくない。早くここを去って。実の娘も息子も殺す人には心配されたくない。美美はあの時ー樹衣に青筋を確認されそうになった時ーのように勢いよく駆け出した。
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