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SF・現代ファンタジー

一億分の一の偶然

作者: 梶原さくら
掲載日:2025/12/05

 目が覚めたとき一番最初に思うことは、いつも同じ。また、「明日」が「今日」になっちゃったんだなってこと。こうやって毎日毎日がむなしく過ぎてしまい、私はいったい何をしてるんだろうって、なんだか悲しくなる。


「ぶらいんどヲ、開ケテモヨロシイデスカ」


 私が起きたことを感知したハウスコンピュータが、抑揚のない声で物思いを中断させた。


「開けて」

「ハイ、カシコマリマシタ」


 ゆっくりとブラインドが左右にわかれて開き、黄色っぽい朝の光が部屋に入ってきた。


 今日もいい天気。空の青がとても濃い。


「窓も開けて」

「ハイ」


 サーッと風か吹き込む。少し寒いけど、いい気持ち。


 ああ、こんな日には、公園にでもピクニックに行きたいな。お弁当と、スケッチブック持って。


「間モナク7時ニナリマス。支度ヲ為サッテクダサイ」

「わかってるわ」


 語気が粗くなる。けど、コンピュータ相手に怒っても仕方無いのもわかっている。機械は、天気がいいからって、突然ピクニックに行きたくなったりはしない。


 溜息をつきながら、ベッドを這い出た。


 毎日毎日、同じことの繰り返し。7時に起こされ、8時のバスに乗り、8時半には学校が始まる。日中は退屈な授業でつぶされて、3時に帰りのバスに乗る。


 学校と家との、往復運動。型にはまりきった生活。


 そんなのうんざりだってこと、コンピュータにはわからない。


 ううん、そうじゃない。私以外の人にはわからないんだ。


 ……みんなほんとに、何も感じないんだろうか。心から満足してるんだろうか。なんの変化もない毎日に。昨日とまったく同じ今日を、過ごすことに。……私は叫びたくなるほどイヤなのに。


 でも、叫ぶことは出来ない。このもやもやした気持ちを、他人に言うことすら出来ない。言ったってしょうがないから……。


 以前、一度だけ言ってみたことがある。小さい頃、両親と当時の担任教師に。だがその結果は、半年間のカウンセリングだった。


 大人たちは言う。これだけ充分なものを与えられ、自由と快適さの中にいて、何が不満なの、と。これ以上を望むのは、高望み。反感を持つのは、反社会的。自分を合わせられないのは、社会不適応。他の子はみんなうまくやっているのに、どうしてあなたたげそんなふうに思うの? などなど……。


 私は何も言えなくなった。他人とは、当たり障りのない、どうでもいいようなことしか話さなくなった。本心は自分にしか打ち明けられない。


 顔を洗うために洗面台の前に立った私は、たった一人の理解者に話しかける。


「おはよう。今朝もまた、誰かを捜してる夢を見たわ」


 今日は真っ先に、朝方に見た夢の内容を話した。


「シティの第8地区のビルの群れの中にいて、私が一人でさ迷ってるの。遠くに誰かの影を見つけて、追いかけるんだけど、どんなに必死に走っても追いつかなくて、いつまでたっても影でしかないの。そのうち、影すら見えなくなって、それでも私はその人を捜し続けているの」


 鏡の中の少女は、静かに答えた。


「きっとあなたは捜しているのよ。自分と同じふうに感じる人を。こんな鳥籠の中の生活から、抜け出たいと思っている人を。ひとりでは抜け出すだけの勇気が持てなくて、でも誰かと一緒なら、飛び立つことができそうな気がして」

「そうね、たぶん。今のままでは、私はずっと独りぼっちだから。誰かにそばにいて欲しいんだわ。私の感じることを、わかってくれる人に」

「見つかると……いいわね」

「ええ。でも、そんな人いるのかしら。やっぱり私がおかしいのかな? 私だけが、違う感じ方をするとしたら──」


 不意に感情が高ぶって、喉元に何とも言い様の無いものがこみ上げてきた。いつもならなんとか飲み下すのに、それができなかった。


 青白い顔を少し歪めて、頬に涙を伝わせた少女が、鏡の中から黙って私を見返していた。




 明け方の寒さで目が覚めた俺は、そのまま起き出して、夜明けの街を歩き回った。


 夜と朝の境目の、淡い青の靄の中に沈んだ街路は、すごく幻想的だ。まだ眠っている「善良なる一般市民」たちは、きっと一生、こんな素敵な時間があることを、知らずに過ごすんだろうな。睡眠すらコンピュータに管理させて、起床時間までぐっすりと安らかな眠りを提供してくれるカプセルで寝られる連中は。


 途中自動販売機で、コーヒーとハンバーガーを買った。食べながら、寝起きしている公園に戻る頃には、街もようやく目が覚めて、一日の活動を始めようとしていた。


 そろそろロボット()ポリス()オフィサー()が巡回にやってくる。早めに隠れないといけない。


 家出も4回目ともなると、RPOの巡回時間や遣り過ごし方もわかってきた。だいたい、俺みたいに家出なんてするような人間は他にいないから、直接カメラに映りさえしなければ捕まりはしない。街中とは違って、公園内の木の上や叢の熱反応などは、小動物として見過ごされるようだ。御多分に漏れず、この公園にも各種の動物を放し飼いにした区域がある。もちろん獰猛な種は、コントロールを受けてだが。


 そう言えば、家を出てから今日で6日目になる。今回は随分と順調だ。


 初めてのときは、AM3:00の巡回で捕まって、たった一晩で家に連れ戻された。2回目は、3日目の夜にレストランでIDカードを使ったため見つかった。3回目に5日で帰宅となったのは、学校へ行っているはずの時間に、街をうろついてたから。


 で、今回が4回目。食料に缶詰めや保存食を、あらかじめ家から持ち出しておいた。なんとかあと1週間くらい、持ち堪えたい。


 隠れ場所のひとつである大木によじ登った。よく茂った葉のお蔭で、周囲からは姿が見えなくなる。太い枝に腰掛け、幹にもたれて、遠くのビル群を眺めた。


 あの中に、時間に追われてせかせかと動き回る人たちがいる。死ぬまでずっと、毎日毎日、同じことを繰り返して生きる人たち。物理的にはとても安楽で、規則正しい、良いとされている生活を送り、それに満足しきって。ひょっとしたら心の底に不満を持っても、それを表に出すのはいけないことだと無意識に思い込むか、人生なんてこんなものだと割り切るかして。おそらくはそんな感情に気づきもせず。


 俺は、「生活している」というよりも、「生きている」と感じたい。だから、あんなのはいやだ。息が詰まる。時々、気が狂いそうに思える。


 それで、俺は家出する。


 だけど……。


 だけど、こんなんじゃいけないとも、思う。これではただの逃げだ。逃げてるだけじゃ、何も変わりはしない。


 わかってる……。


 わかってるけど、だからってどうすればいいのかわからない。


 ほんとに、俺は、どうするべきなんだろう。


 誰か答えを教えてくれる人が、いないだろうか。誰か……。




 土曜の午後には、私はたいてい公園に来る。人工物ばかりのシティのなかで、唯一自然を感じる場所だから。


 もちろん市街地の公園である以上、かなり人の手が加わってはいる。でも圧迫感しか感じさせない建造物と違って、地面に植わってる草木というのは、安らぎを与えてくれる。 空の下、広々とした空間。なんだかほっとする。開放されたような感じ。おもいっきり伸びをした。


 今日は、楡の並木から、東側の森へ行こう。


 それから数時間、ゆっくりと東の森を巡って、木々にあいさつして回った。常緑樹の濃い緑も、まだ疎らな若葉の淡い緑も、よく晴れて白い雲がくっきりと映える青い空とともに、私の目と心を和ませてくれる。


 散歩を終えて、家に戻るため、公園の中央部にある噴水の脇を通り過ぎようとしたとき、4時の鐘が鳴った。


 立ち止まって、時計台を仰いだ。また1日が終わろうとしている。何事もなく、いつもの土曜日と数分違わず。こんな風に1日づつ、1週間づつ過ぎて行き、1月(ひとつき)になり、1年になり、そしてやがては一生になってしまうのかしら。


 ううん、このままじゃいけない。何とかしなくては。そう、捜すんだ。「誰か」を。私と同じように感じる人。無理して合わせる必要なんて()らない人。そんな人が一緒にいてくれたなら、私みたいに流されて行くばかりの人間でも、何かできるかもしれない。何かが、変わるかもしれない。


 ……でも、どうやって?




 休日なら真っ昼間もおおっぴらに外を歩ける。今日は朝から街に出た。でも人込みはあまり好きでないから、結局午後には、自然と公園に戻ってきていた。


 公園の中も結構人がいるけど、煩わしさを感じるほどではないし、メインストリートを少し外れれば、人影はぐっと減る。


 木漏れ日を浴びながら、目的もなく森の中を歩いた。


 時折、鬼ごっこをしてる子供たちや、犬を連れた老人、散歩を楽しむカップルなんかを見かけた。そういった人たちは、不思議に周囲の風景となじんでいるように思われた。


 おそらくそれが、人のほんとにあるべき姿だから何だと思う。ゆったりとしていて、和やかで、とても自然な緩やかなテンポ。余計な騒音などなく、聞こえるのは、ただ、風と木々、小鳥たちが奏でる豊かなハーモニーのみ。


 でも、休日だけでもそんな中で過ごそうとする人は、市の人口と比較すると、ほんの僅かしかいない。大方が、市の提供するレジャー施設やなんかで過ごす。


 森を出て、中央広場へ向かいながら、ふと思い当たった。それならひょっとして、俺に答えてくれるような「誰か」は、この僅かな人々の中にいるかも知れない、と。


 どうしたらいいのか、どうするべきなのか、俺に教えてくれるような誰かを、いや、教えてくれなくても、一緒に考えてくれるような誰かを捜したいと、今では真剣に思っている。以前、この国の1億人の人々の中に、せめて一人くらいは、俺と同じ様に考える人だっているかもしれない、とか考えたりもした。その一人を捜すにしても、ひとまず、範囲を決める必要はある。それなら、少しでも自然と触れ合おうという気持ちを持つような人なら、それだけ俺と近いんじゃないだろうか。


 後はどうやってその人の考えを知るか、だ。まさか1人1人に聞いて回るわけにもいかないし。何かいい方法って、ないものだろうか。


 噴水の周囲を回りながら、考えた。


 けどそんな方法、見つかるはずもなく、溜め息をつくばかりだ。


 突然、鐘が鳴った。反射的に、時計を見上げた。午後4時。そろそろ戻るとするか。俺はゆっくりと時計台振り返った。




 時計台の鐘が鳴り止み、少女は視線を落とした。唇をキュッと噛み、何かを決意したような面持ちで、手にしていたスケッチブックを抱え直すと、足早に歩き始めた。


 少女の前方から、一人の少年が歩いて来た。


 少女は目を伏せたまま、少年は噴水に目をやりながら、徐々に近づき、擦れ違おうとしたとき──。横合いからボールを投げ合いながらワーッと走ってきた数人の子供たちが、二人を取り囲んだ。その一人にぶつかり、少女はスケッチブックを取り落とした。


「ごめんなさい」


 子供が言い残して、走り去った。


 少年はスケッチブックを拾い上げ、微笑みながら差し出す。


「はい、これ」

「ありがとう」


 はにかんだ笑みを浮かべて、少女が受け取った。


 ……それは、偶然の出会い。


TM NETWORK の「Human System」がテーマソングです。というか、そのまんまです。

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