轟く宮廷 宇宙の恋人の顛末
宮廷で騒ぎを起こしたアンヌは娼館に戻っていった。
クリスチャンⅦ世はそのせいで情緒不安定に、宮廷ではさらなる陰謀と策略が始まりつつあった。
アンヌが宮廷を去ってから夫は不安の為か精神的に不安定となり落ち着きがなくなった。
じっとせず意味もなくあっちこっち不規則な動きを繰り返して走り回っているそうだ。
意味不明な言動をする事も多く、廷臣達は目まぐるしく変わる夫の行動と言動に右往左往をして宮廷は慌ただしかった。
「ぐわ~~~~~ガアァ~~~~~~~~~ギャギャ~~~~~~」
バリッバリバリ!
ガシャンガシャンガシャンガシャン!!
ガラスが割られ砕け落ちる音が空気を切り裂いた。
「グワァーグゥ!〜〜ぎゃあ〜ぎゃあ〜ギャア〜〜〜!!」
まるで獣の雄叫びの様な叫び声は夜の帳が降りた宮殿に響き渡る。
睡眠をまったくとらず、夜中に宮殿の廊下を走り回り、奇声を上げてはガラス戸の扉を破壊する。
おかげで宮廷で寝泊りする侍女から侍従、はては厨房の料理人、召使い、下女下男にいたるまで寝不足で皆ヘキヘキとしている。
次の日には些細な失敗に侍従達を立たせては、楽しそうに笑いながら自分の手が真っ赤になるのも構わず平手打ちの折檻を繰り返していた。
夫のアパルトマンの担当従事者は皆恐怖に陥っていた。
しかし昼間は死んだように寝室に閉じこもり、政務もろくすっぽ出来ない状況に薄笑いを浮かべているのはホルツ伯派の廷臣達だけだった。
当然ホルツ伯は自身の政策をここぞとばかりに進めようと、呆然と幽霊のようになった夫の手に王印を握らせては次々に王命を発布するのだった。
「僕は一体どうしたというのだろう??」
夫は自分自身さえ心と身体の異変を受け入れられずにいる。
今も寝台の上で布団を頭まで被り、身体が震えるのを止める事が出来ない。
うつろに浮かぶ部屋には誰もいないが、いつも誰かに監視されている様な気がしてならない。
「わぁ〜〜殺される!!」
怖さのあまり大声で叫ぶのを自分自身で止められない。
食欲もないし1日中身体がだるい。
そして何を話しているのかわからないが、誰かのひそひそと話す声まで聞こえてくる。
昼間は身体を動かすだけでも重りが乗っているかのようにだるく吐き気がおさまらない。
顔色は青白く、瞳には生気がないし手足は乾燥して威厳はまったくない。
どうしてこんなになったのか?
この前まで狂った人を演じていただけなのに。
もう自分は狂ったのか?狂ったんだ。
どちらの答えも出せない。
正気でいる時間と狂気でいる時間の差が段々と狂気に傾いていくんだ。
その感じを恐怖で胸は押しつぶされそうになっている。
アンヌは?アンヌはどこ??
アンヌ……アンヌ。
「アンヌ!
僕の…僕の宇宙の恋人!」
頭の中はアンヌという文字しか知らないとばかり彼女の事しか考えられなかった夫。
憐れよね。
嫉妬とか怒りとか私には微塵もないわ。
そう感情があるとしたら、憐れな子供への同情心かしら?
現実と妄想と悪夢が一気に心を押し寄せて狂気の世界へと向かうのを止められない日々が続いていたわ。
「アンヌ…僕の…僕の宇宙の恋人…WAWAWAWA…」
身体を丸め嗚咽するように後から涙が流れて止まらないでいる。
もう誰も頼る事が出来ないのだ。
誰にも……誰一人も。
「WAWWAWAAAAAAA~~~~~」
遂には叫び声と共に寝台の上で失神してしまった。
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宮廷の人気のない宮殿の廊下で二人の男はヒソヒソと不平を口にしていた。
「まったく例の事件からホルツ伯の思い通りに政治が動いてます。
私達の理想とはかけ離れてきている」
不満の滲む言葉を吐いたのは会議で最近流行りの啓蒙主義に基づく法律を提案したエネヴォルト・ブラントだ。
提出と同時にハルツ伯に却下されたが。
「まったくです。
所であの女は娼館で大人しくしているので
しょうか?」
「さあ
陛下がああいう状態で外出が出来るとは思えない。さすがに娼館へはいけないだろう。
かといってまたあの女を召すとなると宮廷は大混乱だ。
ホルツ伯爵も黙っていない。」
「しかし困った事だ。
今の政務。
なんとかホルツ伯爵の思惑を阻止したい
が。
てだてがない。
表立って反対は……」
「本当にああいう所が抜け目がありません ね」
ブラントは元々ホルツ伯とは親しい仲で国王に悪行の数々を教え込んだ人物だったが、ここにきて自分は政治から疎外されていると感じている。
国内外で流行している啓蒙主義を政治の世界に広めようと、軽犯罪者の処刑や書籍の検閲制度の廃止を提案したが。
反論さえ与えられず却下されて、 ホルツ伯の犬になっていると周りに噂され。
自尊心を傷つけられてホルツ伯に反感を持ち始めていた。
そして王の狂気でホルツ伯の断頭だ。
面白いはずはない。
元々遊び仲間程度の存在で知っているというだけでブラントは宮廷の役職につけたのだ。
彼は対して実力があるわけではない。
ホルツ伯は国王の政治への関心を阻害させる為だけの人物更に欲しており、そこに体よくあらわれたのがこのブラントだったにすぎない。
しかし当の本人に出来ないという自覚はないどころか自分を生かせない上司が駄目なんだと考える始末だった。
「まあ~。ホルツ伯としては国王を思い通りに操れる人物をこれ以上増やしたくないのでしょうから。
根は浅いうちに狩れといいますからね。
あの女はもう用済みでしょうね」
「陛下の精神がさらに悪化している。
あんな女でも役に立っていたのにな。
しかし殺すのも厭わないなどと言い出すと
は……」
「女を殺すなどとは…冗談っでも。
本当に…神をも恐れないな」
「本当に……もしそんな事になって陛下の病状が更に悪化したら……」
「このまま政務が出来なくなれば。
摂政が必要でしょうね。
はあ~。
まあ王妃様が御生みになる殿下が王位に就かれ王妃様は摂政に。
もしくは王弟殿下が摂政になるでしょう。
まあそれが実は今回の目的では?」
「それは考えられる。
そうなれば王太后が政治に介入してくるだろう」
「まあ~そうですね。
今は興味がなくとも。
子供の事になると途端に顔色が変わる方だからね。
しかしあの王太后だ。
保守的な政策になるだろう」
「改革派は冷や飯食らいだ。
頭の痛い事だ」
二人はそう言いながら宮殿の出口に向けて足ばやに帰宅していった。
アンヌの起こした騒ぎは一旦終息していくかに思えたが更なる不穏な空気が。
次回混乱するデンマーク宮廷に王妃はどう乗り越えるのか?




