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小さな癒し手 (3)

 それからもう少しだけおしゃべりをして、わたし達は部屋をあとにした。

 お店に戻ってくると、フランカさんはまだカウンターでハンスさんと口げんかをしている。


「あんたのそういうとこ、本当にどうかと思うわ。少しは相手の気持ちってものを考えなさいよ」

「そいつは見解の相違ってやつだね。むしろ、僕ほど相手の立場で物を考えてる人間はそうそういないと思うけど……っと、おかえり二人とも」


 こちらに気づいたハンスさんが、片手をあげて声をかけてくる。

 それにただいまと答えながら、フィアお姉ちゃんはいまだにぶつぶつと言っているフランカさんをなだめに向かう。

 お姉ちゃんがハンスさんたちと話している間、わたしは心の中でトムじいさんの言葉を思い返していた。


 わたしの道。わたしだけの道。

 ……そんなものが、本当にわたしにもあるのかな。


 わたしはずっと、お兄ちゃんとお姉ちゃんの背中をすぐ近くで見てきた。

 それはとてもきらきらとしていて、すごく素敵でまぶしくて……だけど、とても遠くにあって。


 お兄ちゃんがまだ村にいた頃、どうして空に光る星にはさわれないのか聞いたのを思い出した。

 とても近くにいるように見える星は、本当はものすごく遠くにあって……だから、どんなにがんばったって人は星にさわることはできないのだとお兄ちゃんは教えてくれた。


 わたしにとって二人の背中は、そんな空の星とそっくりだ。こんなにもきれいで、とても近くにあるのに……どうしても届かない遠い星。


 来年になれば、お兄ちゃんはこの村に帰ってきてくれる。

 だけどもし、お兄ちゃんが帰ってきたとしても、その背中はきっともっと遠くなってしまっているだろう。

 フィアお姉ちゃんだって、きっとそうだ。そうやって、二人ともどんどん先へ進んでいって……いつかは本当に手が届かなくなってしまうのかな?


「……ああ、そういえばフィア。さっきこの店にアルフが来てさ。君のこと、探しているみたいだったよ」


 考えこんでるわたしの耳に、そんなハンスさんの声が聞こえてきた。


「え、アルフさんが?」

「ああ。なんでも、見張りの件で相談したいことがあるって。急いでたみたいだし、早く行ってあげたほうがいいんじゃないかな?」

「そうなんだ。でも、エルナちゃんをここへ置いていくわけにはいかないし……」


 フィアお姉ちゃんが、ちらっとわたしのほうを見てくる。

 だけど、ハンスさんは「大丈夫、大丈夫」と気軽に笑ってみせた。


「エルナはこっちに任せといてよ。フランカが責任をもって、家まで送ってくれるって言うからさ」

「はぁ!? な、なんでわたしに振ってくるのよ!?」

「だって僕、ここの店番あるし。それともフランカは、エルナちゃんに一人で帰れっていうの? それは流石に、ちょっと薄情なんじゃない?」

「うっ……わ、わかったわよ。わたしが送ればいいんでしょ?」

「いやー、助かるよ。今度、菓子でもおごるからさ」


 向き直ったフィアお姉ちゃんが、申し訳なさそうにこっちを見る。


「ごめんね、エルナちゃん。ちょっと行ってくるね」

「うん、いってらっしゃい」


 慌ただしくお店を出ていったお姉ちゃんの姿がすっかり見えなくなると、ハンスさんは「さて」とカウンターに肘をつく。


「これでエルナも、少しは話しやすくなったんじゃない?」

「えっ……? ど、どういうことですか?」


 話についていけずにいると、フランカさんが呆れたようにため息をついた。


「あんな出まかせ言って、あとで怒られたって知らないわよ」

「そんなこと言いつつ、ちゃんと話を合わせてくれるフランカのことが僕は好きだよ」

「はいはい、言ってなさい。……ま、あんたが何を考えてるかは、なんとなく想像がついたし」


 にやにやと笑いながら、ハンスさんが言葉を続ける。


「思うに、エルナちゃんは何かに悩んでるんじゃない? そしてそれは、フィアには話しづらいことだ。違うかな?」

「っ、それは……」


 わたしはびっくりしてしまった。

 昔からそうだけど、ハンスさんはたまに気持ち悪いくらい、こちらの考えていることを言い当ててしまうことがある。


「い、いつから気づいていたんですか……?」

「店に入ってきた時から、ずっとさ。それで、どうする? 相談くらいには乗るけど、別に無理に聞きだすつもりもない。君の好きにするといいよ」


 他の人にこんなことを話すのは、恥ずかしいと思った。

 だけど、これ以上は一人で考えても何も浮かばなかったし、誰かに相談したいという気持ちもある。


 わたしは勇気を出して、二人に悩みを打ち明けることにした。


 魔術師になるため、旅に出たお兄ちゃん。

 剣士として立派に成長していくお姉ちゃん。

 ……そして、トムじいさんから言われた、わたしの進む道。


 ところどころでつっかえながら、自分の気持ちを一つ一つ言葉にしていく。

 とりとめのないわたしの話を、ハンスさんとフランカさんはじっと聞いてくれた。


「……なるほどね」

「はぁ……。あんたって子は……」


 話が終わるとハンスさんは腕を組みながら苦笑いし、フランカさんはなんだかとても疲れたような顔をしていた。

 ……やっぱり、こんなことを話したって困ってしまうだけだったのだろうか。


「……すみません。わたし、変な話をしてしまったみたいで」

「ああいや、そうじゃない。ただ、やっぱり君はあいつの妹だって、そう思っただけのことさ」

「お兄ちゃんの……?」

「あのね、エルナ。あなた、まだ九才でしょ? はっきり言って、今からそこまで考えてるほうが珍しいわよ。普通だったら、そんなことは頭にもないだろうし」

「……そ、そうなんですか?」

「ま、あの二人を一番間近で見てきただろうからね。そんな風に考えてしまうのも、無理はないかもしれない」


 くく、とおかしそうに笑いながら、ハンスさんは続ける。


「彼らはある種の別格だからね。あれはちょっと参考にしないほうがいい」

「ちょっと。もう少し、言いかたってものがあるでしょうが」

「歯に衣着せたって仕方がないさ。どんなことであれ、まずは現状を正しく認識しないとね」

「そんなだから、あんたはデリカシーがないって言われんのよ」


 ハンスさんの言っていることはなんとなくわかる。

 お兄ちゃんもお姉ちゃんも、みんなとはどこか違っていて。そんな二人に追いつこうとするのは、きっとものすごくむずかしいことなんだって。


 だったら、やっぱりわたしなんかじゃ無理なのかな。二人は遠い遠いところにいて、ずっと追いつけないままなのかな……。

 わたしが落ち込んでいると、ハンスさんはあごに手を当てながら「ふむ」とつぶやく。


「……これはまだ、誰にも話してないんだけどね。実は僕、この村を出ようと思ってるんだ」

「え……?」

「ちょっ……そんな話、初耳なんだけど?」

「当たり前だろ。言ってないんだから」


 しれっとした顔で答えるハンスさん。


「このまま村で一生を終えるっていうのも、なんだか味気ないと思っててさ。町へ出て、商人にでもなろうと思ってるんだ。爺さんに頼んで店番させてもらってるのだって、その勉強を兼ねてのことでね」

「そ、そうだったんですか……」

「あんたって、たまに思いきったことするわね……」


 驚いたような、呆れたような顔でフランカさんが言った。

 でも、そうなんだ。ハンスさんも、ちゃんと自分の道を見つけて歩きだそうとしてるんだ。

 わたしは……どうすればいいんだろう。


「ほらそこ、落ち込まない。僕が言いたいのはさ、何かを目指すなんてその程度でいいってことなんだから。あの二人みたいに、壮大な理由なんて必要ない。エルナがやりたいようにやればいいのさ」

「でも……わたしにはわかりません。何をしたいのか、どうなりたいのか……」

「それじゃ、もう一つ。それでもあの二人に憧れるっていうのなら、まずは何か、始めてみるといいんじゃない?」

「はじめて、みる……?」

「別になんだっていいよ。それこそ、君が興味を持ったことなら、何でも。続くかもしれないし、続かないかもしれないけど、その一歩はきっと、君が変わるきっかけになるんじゃないのかな?」


 ……そうだ。わたしは今までお兄ちゃんやお姉ちゃんに憧れているだけで、自分から何かをはじめようなんて思いもしなかった。

 本当に二人に近づきたいなら、まずはわたしが動きださなくちゃいけないんだ。


「ありがとうございます。わたし、なんだかわかった気がします」

「はは、そいつはよかった。……これでわかっちゃう辺り、やっぱり君はあいつの妹なんだと思うけど」

「どういうことですか?」

「別に、わかんなきゃそれでいいさ。あ、そうそう。さっきの話は他言無用で頼むよ。下手にバレると、何かとめんどくさいからさ」

「ふーん……。だったら口止め料ってことで、さらに何かおごってもらわないとね」

「やれやれ、フランカも抜け目がないんだから」


 やられたって顔で肩をすくめているハンスさんがおかしくって、わたしもフランカさんもくすくすと笑った。

 窓の外を見ると、そろそろ日が傾きはじめていた。わたしはもう一度ハンスさんにお礼を言うと、フランカさんと一緒にお店を後にした。


「ごめんなさい、フランカさん。面倒をかけてしまって……」

「いいわよ、別に。……そ、それに、わたしだってエルナのこと……その、妹みたいに思ってるんだからさ」


 見上げてみると、フランカさんの顔は耳まで真っ赤になっている。

 わたしはうれしくなってしまって、思わずこんなことを言ってしまった。


「……うん。ありがとね、フランカお姉ちゃん」

「なっ……!? って、ちょっとエルナ、わたしのことからかってるでしょ!?」

「えへへ、少しだけ」

「ったく、もう……。そういえば、やりたいことってもう決まってたりするの?」

「はい。実は、もう決めてます」


 ハンスさんの話を聞いているうちに、一つ思い出したことがあった。

 今はこの村で薬師をしてるお母さんだけど、お父さんと出会う前は治癒術師を目指していたらしい。

 使うことができるのはごく初歩的な術だけだと言ってたけれど、まずはそこからはじめてみよう。


「ただいま、お母さん」

「あら、随分遅かったわね。トム爺さんに薬は渡してくれた?」

「うん、ちゃんと渡してきたよ。……それでね、お母さん。一つお願いがあるんだけど」

「エルナがお願いだなんて、珍しいわね。何かしら?」

「あのね、わたし――」


 夜空の星はとても遠くて、今はまだ届かないかもしれないけれど。

 それでもわたしは、せいいっぱい手をのばしてみようって、そう決めたんだ。

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