小さな癒し手 (2)
「おや。いらっしゃい、二人とも」
「……ハンスさん?」
「やあ、エルナ。君も元気そうで何よりだ」
「ど、どうも……」
雑貨屋へついたわたし達にあいさつしてきたのは、いつものトムじいさん……じゃなかった。
お店のカウンターに座っているのは、くしゃっとした巻き毛とぽっちゃりとした体形の男の人。それから……。
「ちょっと、ハンス。エルナちゃんが困ってるでしょ」
「心外だなぁ。僕はただ、彼女に挨拶しただけだぜ?」
「はいはい。あんたの場合、それだけで胡散臭く見えてくるの」
棚の影から顔を出したのは、さらっとした長い髪に眼鏡をかけた女の人。
ハンスさんにフランカさん。二人ともお兄ちゃんの友だちで、小さい頃はよく遊んでもらっていた。
「久しぶり、フランカ。元気にしてた?」
「えっと……まあ、うん。あなたは相変わらず、忙しそうにしてるわね」
「あはは、まあね」
ちなみに、フランカさんにはペトラという双子のお姉さんがいる。昔はいつもいっしょだったけど、最近はそうでもないみたい。
「それで、どうしてハンス君とフランカがここにいるの?」
「ていうか、わたしはたまたま本を探しにきただけだから。こいつといっしょくたにするのはやめてくれない?」
「つれないこと言わないでよ。君と僕との仲じゃないか」
「そういうの、冗談でもやめてくれる? わたし、あんたみたいなのはタイプじゃないし」
「はは、こいつは手厳しい。……爺さんはちょっと体を悪くしててね。店を開けられないっていうんで、僕が代わりに店番をしてるってわけさ」
あっけらかんとしながら、肩をすくめてみせた。
ハンスさんはいつもこんな感じで、どんなにフランカさんから冷たくされてもまるで気にしない。
「どうしよ。薬はこっちで預かっとこうか?」
「いいよいいよ。せっかく来たんだし、直接手渡してくるといい。そっちのほうが、爺さんだってきっと喜ぶだろ?」
「でも……」
「あれは感染るものじゃないから、心配しなくたって平気さ。ほら、行ってきなよ」
「わかった。行こっか、エルナちゃん」
「うん」
ハンスさんに見送られながら、お店の奥へと入っていく。
階段を上がって二階へ行くと、トムじいさんはベッドの上で横になっていた。
トムじいさんはうわさ話が大好きで、パイプをくわえては村の色んなことをわたし達に話してくれる。
中には本当なのかわからない話もあるけれど、わたしはそんなトムじいさんの話を聞くのが好きだった。
「こんにちわ。お薬持ってきたよ」
「おお、エルナ嬢ちゃんじゃないか。それに、フィアも一緒か」
「……トム爺さん、少し痩せた?」
「ほっほ。まあ、年も年じゃからのう……ごほっ、ごほっ!」
咳き込むトムじいさんの背中を、わたしはあわててなでた。
「大丈夫、おじいちゃん?」
「ああ。嬢ちゃんの顔を見てたら、元気になってきたわい」
「もう……。あんまり無理しちゃダメだよ」
フィアお姉ちゃんが、台所からコップと水差しを持ってきてくれる。
薬を飲み終わると、トムじいさんはふうと息をついてベッドに横になった。
「そういえば、ロットは元気でやっとるかのう」
「少し前にきた便りには、大陸の国もひと通り見て回れたって書いてあったよ。あと一年もしたら、帰ってくるんじゃないかな」
「あの坊やも、村を出てからずいぶんと経つ。さぞ立派な若者になっておるのじゃろうな」
「うん、そうだね」
フィアお姉ちゃんの笑顔には、寂しいとか悲しいなんて気持ちは浮かんでいなかった。それはきっと、お姉ちゃんが心からお兄ちゃんの帰りを信じているからなのだろう。
ただお兄ちゃんを思って目を細める横顔に、わたしの胸がきゅっとしめつけられた。
「フィアもあの頃と比べたら、まるで別人のように成長しておるからのう。そして、エルナ嬢ちゃんもな」
「え、わたしも……?」
急に話を向けられて、わたしはびっくりしてしまった。
でも、わたしなんてお兄ちゃんやお姉ちゃんに比べたらまだまだ子どもだ。
二人みたいな、すごい夢や目標があるわけでもないし……きょとんとするわたしに、トムじいさんはやさしく笑いかけてくれる。
「あの坊やの後ろをついて回っておった頃とは、まるで見違えるようじゃ。あやつが旅から戻ってきたら、びっくりするじゃろうな」
「トムおじいちゃん……」
「のう、嬢ちゃんや。お前さんは、あの坊やによっく似ておるよ。もっとも、あやつが嬢ちゃんくらいの年の頃には、リジーと共に悪さばっかりしとったがの!!」
はっはっはと笑ったあと、すぐに咳きこむトムじいさん。
リジーさんは鍛冶屋の息子さんで、お兄ちゃんの親友だった人だ。今はお店の後をつぐために、親方さんの下で一生懸命に働いている。
昔はやんちゃだったと聞いたことがあるけど、本の虫だったお兄ちゃんと仲がよかったというのが、わたしにはとても不思議だった。
「フィアだってそうじゃ。この村に来たばかりの時は、なかなか村に馴染めなくてのう。いつも一人で、村はずれの森にこもっておったよ」
その話はフィアお姉ちゃんから、直接聞いたことがあった。
お母さんを亡くして村に引っ越してきたお姉ちゃんは、眠ることも、ご飯を食べることもできないくらい、とても落ち込んでた時期があったんだって。
だけど、そんなお姉ちゃんに声をかけてくれたのがお兄ちゃんだった。
フィアお姉ちゃんはわたしに、「ロット君がいなかったら、わたしはきっと立ち直れていなかった」と話してくれた。
そして、その出来事があったからこそ、お姉ちゃんは今のように強くなることができたとも。
「嬢ちゃんもそろそろ、あの坊やが旅立ったのと同じくらいの歳じゃったか。お前さんがどんな道を進むのか見当もつかんが……なに、焦ることはない。ゆっくりと自分だけの道を探すがええ」
「わたしだけの、道……」
しわくちゃの顔を、もっとくしゃくしゃにして笑うトムじいさん。フィアお姉ちゃんも、わたしに向かってやさしく笑いかけてくれる。
そんな二人の気持ちがとてもうれしくて、ぽかぽかとあたたかくて……だけど、同じくらいに苦しくて、胸のもやもやが消えてくれなかった。