子どもなのは~トライアングルレッスンU2~
子ども達の笑い声が園庭に響く。先生がピアノを弾く音色と園内を駆け回る足音。色々な音が交ざり合って、明るい空気を醸し出す。
今日は、学校の職業体験で近所の保育園に来ていた。普段着にエプロンをかけただけのシンプルな恰好だが、これでも立派な保育士の制服である。
私――ゆいこは、教室の隅に集まった園児達を相手に絵本を読み聞かせていた。ドキドキハラハラする物語は子ども達の心を掴んだらしく、皆、目を真ん丸にして聞き入っている。
ちらりと園庭に目を遣ると、エプロンの裾をひらめかせながらたくみが園児達と鬼ごっこをしているのが見えた。たくみは男の子に人気があって、ずっと外で駆け回っていた。
反対に女の子に人気があるのは、ひろしだ。先ほどから教室内のテーブルで女の子達に囲まれて、折り紙をしている。心なしか、折り方を教えて貰っている女の子の瞳がキラキラと輝いているようだ。
「――幸せに暮らしましたとさ。おしまい」
私が最後の一文を読み終えると、パラパラと拍手の音が鳴る。子ども達が近くの友達と物語の感想や好きだったシーンを話し始めるのを見て、ちゃんと楽しんでくれたようだとほっとする。
絵本を閉じて片づけ始めた私のところへ、読み聞かせを聴いていた一人の男の子がやってきた。
「ゆいこせんせー」
「ん、なあに?」
身を屈めて男の子の顔を見る。彼はほんのり頬を上気させて、息を吸い込んだ。
「せんせー、だいすき! おれと、けっこんしてください!」
途端、リーンゴーンと脳裏で鐘の音が響いた。一瞬思考が固まったものの、すぐにはっと我に返る。
突然のことで驚いたが、相手は小さな男の子だ。しかし、どうやって返事をしたものだろう。嘘でも頷くことはできないし、だからといって無下にもできない。
どうにか笑顔を維持しながら困っていると、両脇から腕を引っ張られて立ち上がらされた。
「「駄目」」
左右から声がユニゾンする。見ると、いつの間にかたくみとひろしが私の腕を掴んでいた。
お互いに私の頭上で視線を交わしてから、ふいっと目を逸らす。
「何、子どもに口説かれてんだよ」
「まあ、子どもの言うことだしな。真に受けることもない」
取り繕うように二人が零した言葉に、私はふふっと微笑んだ。
私が困っていたから、二人とも勢いで助けてくれたのだろう。ほんのり頬を赤らめる二人が園児達より子どもに見えて、なんだかおかしくなった。