奴が来る……!
俺は須佐から視線をそらし、話題も逸らす為に言う。
「とりあえず、お前のあげた動画見せてくんない?」
「よかろう。括目せよ」
須佐はノートパソコンを操作し、自分の投稿動画を映し出した。12.5インチの画面に映されていたのは、道路だ。古い下町の、苔むした岩が横に退けられている。
「ん? 須佐? 須佐? 動画間違えてないか?」
「間違えておらんの。ちゅうか、こんな序盤で何が分かるんじゃ?」
どっと須佐が笑うが、俺は笑えない。間違っていないと断言されたのだから、よく見てみるしかない。
ところが、なにも始まらない。そっとマウスを奪って表示されたシークバーをスライドしていく。シークバーが秒間3mmでスライドしていく中、画面ではひっくり返ったダンゴムシが延々と映されていた。
「須佐? これは…………これは、なんなんだ? 人類が理解できるものか?」
「道端のダンゴムシ、ひっくり返して見た! ――という動画じゃな」
俺は、死を思うように瞑目した。ホームビデオじゃないんだから、加工して娯楽としての動画にしろ。
そして何よりこれは、VTuberでも何でもない。関係性も世界観もクソもない。
俺の脳内を光ファイバーの通信を超える速度で、無数の言葉がやり取りされる。湿気た部屋で冷たいコップに結露が生じるように、否定の言葉が滴る。
「酷い、酷いよお前……これはもう動画を愛する人全てへの侮辱だよ? お前向いてねぇよ。VTuberなんてやめちまえ!」
「そんな!」
須佐が大仰に驚く。
「動画本数2本にして、最高再生回数6回の天才的スタートなのに!?」
「それはもう失敗なんだよ! 失敗! クラウチングスタートの踏切に失敗して顔面からコケてる状態なの! 死んでるの! もう、ダメなの!」
俺達のやり取りを邪魔するように、古びてざらついた音が割り込んだ。「ビー」という機械音は、ノコギリで引くヴァイオリンのように耳障りだ。
「……なんだ?」
ビー、ビー、と聞きなれない音が連続する。
「何をアホウの顔をしとるんじゃ……インターフォンじゃろ。このタイプの聞いたことないかの? 昭和の家とか大体この音じゃろ?」
「何歳じゃ己は」
今は令和ぞ。昭和末期なんて40年近く前だ。
須佐が面倒くさそうに立ち上がると共に、誰かが戸を叩き始めた。軽い音だ。しかも戸の中段から聴こえるということは、背が低いのだろう。
須佐がピタリと動きを止めた。
「――――邪気が」
「何をアホウなことを言ってるんだ」
意趣返しをした俺の声にかぶせるようにして、童女の声がする。
「あなた~、あなたのわたくし、櫛灘がまかり越しましてございます~」
(なにの、なんの、なんて?)
俺の頭が?で一杯になる中、戸が弦をつま弾くようにリズミカルに叩かれている。
トッ……
トッ……
トトン……
「アァナァタァ ニィィ 会いたくて会いたくて震える♪ わたくし~」
昔、親父に連れられていった浅草の店で聴いた小唄を思い出した。後半ポップだったが。
「なんかお前の知り合いっぽいぞ、須佐」
須佐に目線をやると、彼女は腰をあげかけた悩める人のような奇妙なポーズで固まっていた。口元がかすかに動き「ばかな」「みつかった?」「しそんくんが、うらぎったのか?」「はやすぎる」とぶつぶつ言っている。
(なんの、なんの、なんなの?)
二人だけで通じ合う空間にいる第三者のなんと手持ち無沙汰なことか。須佐が動かないので、俺が玄関に向かう。
「駄目だ、ニカツゥ――開けるな」
背後から聴こえる悲痛な声を無視して、戸を開ける。