鳥の糞の横で世界に対する不満を叫ぶ
「その他って、定義広くないですか?」
そう言いながら俺は考える。
(須佐がVTuberの中の人をやるってことなら、その他ってイラスト、モデリング、企画、宣伝、機材の手配…………)
それを、この基地外と? 冗談じゃない。凄く、凄く嫌だ。
「すー」
俺は大きく息を吸い、叫ぶ。
「嫌だ!!!!!!!!」
「嫌だ、だと? 乃子のブレスレットを壊しておいて? 乃子が頼んでなお? アァ?」
須佐の目が猛禽類のような強さを帯びる。須佐は指を銃の形にして、俺の胸に向けた。
「万死に値する――こ、殺すしかなくなっちゃうよ、ニカツ」
俺は須佐の指銃を逃げようと体をうねらせる。須佐の指銃は機械のような正確さで俺の心臓を指し続ける。逃げられないと悟り、俺は道路に寝転がった。
鳥の糞の横で絶叫する。
「じゃあ、無理――――!! 無理無理できない、俺には出来ない! だって俺、カスだもん! 撃てよォ! それで終わりにしてくれんなら、撃てよモォォ!」
「なっ、なんと情けない……令和の雄、生物として弱すぎる、モモンガにも負けそう」
須佐が絶望したような顔をして、俺を見下している。そもそもポジティブな人間は誤解している。言葉が人に届くと。言葉は人を動かすと。
「殺してェ! もうどうせ無理だから、殺してェェ!」
SNSが世界の定義を拡張し、自分との比較対象が学校と言う箱庭に収まらなくなった今。
俺たちはいわば無限の最高と自己を比較し、自分が恵まれた者でないと理解している。
「持ってない奴はさぁ! 戦うだけ無駄なんだよ!」
持ち得ざる者は、戦う土台がないのである。
「極端な言い方をすればサァ、神様も俺を祝福してねーんだよ! 誰も! 彼も! そうかもしんないけどサァ!」
「ほぁぁ?」
なんか変な音がした。俺が首をもたげて須佐を見ると、須佐がいない。
「え? あのアホどこいった?」
上半身を起こすと、俺と対になる形で須佐が汚い道路に寝ころんでいた。
「ナニィ! コイツ、俺の技を……!」
犬の糞の横で、須佐が絶叫する。
「お前がダメって、乃子が言ったか!? 誰が言った!? 誰が言ったか言ってみろよ、アァ? 言えないじゃろ。言えないじゃろ! そのさぁ、最近お前らが持ってる魔法の箱あるじゃろ、それしか信じない癖に、責任だけ、全てを乃子の所為にするなァァァァァ!」
流石の基地外振りである。俺はすっかり熱が冷めてしまい「いや、別にお前の所為にしたわけでは」と慰めに入ってしまう。須佐は止まらない。
「――天下万民、乃子を貴べよ。乃子を愛し、乃子と共に生きろよ」
「マジで止まんねーなコイツ」
須佐が手足を折り曲げ、ハニワのような形になる。
「ヤだヤだヤだヤだヤだヤだヤだヤだヤだヤだニカツも一緒にやんの!」
須佐がシャカシャカ動く。すると、彼女の髪が犬の糞のきわどいところを掠めていく。
「あっああ、あんまり動かない方が……」
「ニカツ酷いニカツ酷いニカツ酷いニカツ酷いニカツ酷いニカツ酷い」
「あっ、ちょっ、ここ地元だから身バレしそうな内容は」
「ニカツは勝俣勝喜、ニカツは勝俣勝喜、ニカツは勝俣勝喜、ニカツは勝俣勝喜」
俺の対応が追い付かない間に、須佐はまた「ヤだヤだ」フェーズに戻った。
周囲の人が信じられないような目で俺を見ている。
その時、折れ曲がった道の先に、ショートカットの少女が見えた。陸上部で、日焼けしていて、属性だけ抜き出すと活発そうなのに、彼女の瞳はどうにも無機質な何かを含んでいる。幼馴染の関守文乃だ。
(ヤバい、アイツに知られたら、家族にも全情報が共有されてしまう)
九州男児で謎アドバイスをしたがる父。
日系ブラジル人で、全てを恋愛に変換してくる母。
ムキムキマッチョメンの優しい異父兄。
金髪碧眼色白の凶悪な異父姉。
フッァキンガイズな弟妹――全員がバラバラの観点から、介入してくるのは辛すぎる。俺のキャパシティを超えているうえに、全員家が同じ、逃げ場がない。
俺は屈した。この場をとりあえず納められるなら、なんだっていい。
「分かった! 須佐、俺やるよ! 俺やるから場所移そうぜ、な?」