基地外女と拉麺怪人と糞アフロ、あと俺
「平皿にラーメンを盛ったら、こぼれるのは当然の理であろ?」
「ラーメンは宇宙だ。こぼす器が悪い」
「店長、この女はやめといたほうが……」
「勝喜、黙っとけ」
誰もわかっちゃくれない。
(こいつは、やべぇんすよ。ラーメンどんぶり粉々にされるぞ)
「浅慮よな。どれ、乃子の経綸をもって、その狭い視界を広げてしんぜよう」
とんでもないことが起きている。
(基地外女と拉麺怪人が出会ってしまった)
須佐は割り箸に白魚のような手を走らせて言う。
「――天叢雲剣……………………出ん。やっぱ今のなし」
須佐が店長を見つめながら、ラーメンを飲み干す。沼の底に大穴が空いたように、ごぶり、ごぶり、とラーメンが須佐の口に落ちていく。人を殺しそうな目で麺を呑んでいる。意図したことが出来なかったから、別の方法でマウントを取ろうとしていることだけは分かる。
(まるで犬と犬の喧嘩か……ネギで叩いたら静かになんないかな)
そう思ったが、ラーメンの上に載せられている小ネギを見て落胆した。二人は犬は犬でもレジェンド級、とてもネギでは倒せないらしい。店長も対抗して、須佐を見つめながらラーメンのかえしを飲む。
「――豚骨醤油拉麺かえし…………うっ……ぼぉぇっ……」
「店長、そんなに塩を取ったら高血圧が……来週人間ドックなのに……」
「うっ……うめぇ……さすが俺だ……」
「いや美味かったとしてもですよ。腎の臓の悲鳴と引き替えの美味さですよ、さっき口から漏れた悲鳴が腎の声ですよ」
「勝喜おめぇ、黙れ」
「そんな……一応、店長の身体を気遣ったのに……」
「今はそういうフェーズにねぇの。お前はほんと、言わなきゃいけねぇことを言わねぇ、言わなくてもいいことばかり言う、よくわかんねぇ奴だな」
(こんな頭のおかしいことをしている人に、こんなこと言われることあるの?)
しかし、店長の妙に強くて粘っこい視線が俺の喉を締め上げ、店長の吐き捨てた台詞が幾度も言われてきた言葉で、その言葉の記憶が俺の舌に絡んだ。海で水を飲んだときのように、苦くてしょっぱい思い出が溢れそうだ。
他のお客さんが固唾をのんで見守っている。たまにお客さんが俺をちらちらと見てくる。俺を責めるような目をしている人もいるが、一つ聞きたい。
(仮に事態の中心に俺がいたとして、俺はまったく関与してないよ?)
店内に俺しかいないのかなってくらい、孤独感がすごい。
誰かに助けて欲しくて店内を見渡す。誰でもいい。この地獄みたいな空気を終わらせてくれ。そうでないと食器も下げられないし、店内に入ろうとしたところで異常事態に気づいて固まっている人も動き出せない。
俺を切なげな目で見ている男がいた。ピンクのアフロだ。
彼はラーメンを半分ほど食べたところだが、異様に膨らんだ腹と浅い呼吸から満腹であることがひしひしと伝わってくる。さっきと同じように、湯気越しで俺とアフロの目線が合う。なにも通じ合っていないが、お互いに助けて欲しいと思っていることだけ共通している。
ピンクのアフロが何かを言おうとする――刹那、アフロの喉が津波のように脈打った。俺は咄嗟に目をそらした。とんでもなく長いえづきと共に、びたびたと湿ったものが飛び出している音がする。
胃酸の匂いがする頃、店長が天を仰ぎながら言った。
「糞基地外、糞アフロ、糞バイト……お前ら3人、出禁」