殴り合い
《はんなり~! 子ぎつねたち、集まってくれてありがとう~!》
コラボの進行はウズメ――〝氷雨コンコン〟が務める。俺たちはその間に、PEPXのルームに集合する。相手方の人数カウントは既にカンストしている。対してこちら側は16人――予定通りだ。待機ロビーは広々としている。
「ん?」
こちらのカウントが17、18……とあがっていく。
「周知してないのに、けっこう人くるな…………なんでだ?」
「あのぉ、事後孔明で恐縮なのですが」
カウントが20人を突破する中、文乃がおずおずと言う。
「こちらが周知しなくても、コンコン氏が周知すれば、結果的に我々の知名度もあがるのでは? ――――喋りながら気付きましたが、それがコラボの利点なのでは?」
こちら側の参加者なのに、課金アバターの狐耳をつけている者がちらほらいる。
(もしかして、氷雨コンコン側の枠に入れなかった人が、〝敵でもいいか〟でこっちに流れている?)
こちら側に流れて来た氷雨コンコンファンも、チャット欄に〔よろしくです!〕〔はんなり~〕〔コンコンちゃん打倒を目指して頑張りましょうwww〕などと書き込んでいる。アンチ的な感じはしないが、コラボというお祭りに参加している感情なのだろう。
「なんだよお前ら、氷雨コンコン推しなら氷雨コンコンだけを見てろよ!」
「せんぱい? どうして急に言葉のナイフで自分を切ったんですか? 手首から血ダラダラですよ?」
「マジで無理……推しが複数いる人とは共存できない俺、最低……こいつ等最低だ! これもう浮気だよ! 下劣すぎる、引くわ……」
「せんぱい、乃子氏と活動しているのに氷雨氏のファンクラブも辞めていないのでは? 〝俺、コンコンの配信は見てないから〟で乃子氏へ清純さをアピールされていましたが、切り抜き動画は見てトレンドを追いかけていますよね」
「文乃、ちょっとストップ。俺は、ロジカルに俺の行動の矛盾を指摘して欲しいんじゃなくて、ただ憤りたいだけだから。自分の失策を他人に押し付けたくて暴れてるだけだから」
「左様ですか……へぇ」
じっとりとした目の文乃から顔を背け、考える。
(お、落ち着け俺。状況を整理するんだ……!)
「やばい、コラボをしていなかった脆さがもろに出てる気がする」
「落ち着いてください。こちら側の人数が30人以下なら、平野マップですよ!」
「カウント、止まれ~!」
俺の祈りもむなしく、カウントが31人に到達した。そしてそこでカウントが終わった。最悪だ。最も防衛側に有利な30人以下のマップにはならず、しかも人数差は最大になっている。
上手くいかないからなのだろうが、最後に入室した〝ピン@モジャ〟という名前のキャラクターに腹が立ってしまう。
「なんだよコイツ、全裸にピンクのアフロって」
「初期装備に課金装備のアフロをつけて、視認性を最大にしていますね」
「費用対効果最悪だろ。おふざけが許されるのは、マスターランクだけだぞ……」
〝ピン@モジャ〟のプロフィールを開くと、ランクはシルバー。俺と同じだ。使用頻度の高いキャラクターは〝ブロッケン〟。俺と同じだ。
(ぼろ糞言ったのに、なんかちょっと、親近感湧くな)
俺は個別チャットを開き問いかける。
〔こんにちは! 今日はよろです! ブロッケンいいですよね、一緒に裏取にいきますか?〕
〝ピン@モジャ〟は俺の方を向き直り、
〔赤枠。関係者?〕
と問うた。赤枠とは、今回のコラボに確定で入れる3人のことだ。そもそもコラボ的にリーダーが入れないと成り立たないから設けられている。こちら側は須佐とオロチと俺がエントリーしていた。
〔そうですよ〕
〔友達?〕
ふと気付いたが、中の人との繋がりをにおわすのはアウトだ。赤枠がついている以上、関係者なのは明らかだから良いとして、ここから先はマナー違反だろう。お互いに。俺が黙っていると、〝ピン@モジャ〟からは雑談アプリのIDが送られてきた。裏取を一緒にするなら連携が必要になる。雑談アプリをダウンロードし、〝ピン@モジャ〟を登録する。挨拶を打ち込んだが、返信はない。
「なんだったんだろう?」
俺が首を捻っていると、文乃が「せんぱい、せんぱい」と声をかけてきた。見ると、ホワイトボードは裏返されており、念のため用意しておいた市街地マップが貼り付けてある。
「激戦区ってこの辺でいいですか?」
どのFPSでもそうだと思うが、激戦区になりやすい箇所が設定されている。市街地マップはビル群と幹線道路によって構成されている。区分けがはっきりしているため、特に激戦区が限定されやすい。文乃が朱で丸して示しているのは、幹線道路の連結地点と、ビルが倒れて幹線道路を飛び越えている端っこの部分だ。この部分を取るか取られるかで、押し込まれるか押し込めるかが決まる。俺はホワイトボードの前までいって、黒いマジックペンで更に2か所を丸した。
「今回の場合だと、この2か所も怪しい」
市街地の防衛兵器は〝ロケットランチャー〟と〝擲弾〟だ。ロケットランチャーは直線での攻撃となるから、目の前の幹線道路はほぼ抑えられる。ここを突破しようとする場合、遮蔽物を設置しながらにじりよるしかない。
擲弾は山なりの攻撃となることから、逆にビルの敵陣奥側に強い。逆に近寄られると落ちやすいことから、目の前の細い道路が激戦区となる。
文乃は頷き、ホワイトボードに〝コンコン側KILL数〟と〝ミコト側KILL数〟と書いた。文乃は今回サポートに回っており、手元の配信映像を見ながらモロモロの情報をこのホワイトボードに書き込んでいくのだ。マップ北側がコンコン、南側がミコトだ。
文乃が南西側の端っこに、青い磁石を貼りつけた。素戔嗚ミコトがそこにいるということだ。ゲームが始まらないとコンコンがどこにいるかは分からないから、相手側は空白だ。マップに磁石1つあるだけで、紙面に重心ができたような気がする。要は、あの位置に敵がいかないようにすればよいのだ。繋がる幹線道路を守る為に、俺は中央付近のロケットランチャーに走ることにした。
《準備はいい? それじゃ~みなさまご唱和くださいっ》
5……4……3……と氷雨コンコンがカウントを進める中、我らが素戔嗚ミコト――須佐もマイクに向かって口を開く。
《葦原中つ国の草共》
須佐もコラボ配信を生で流している。リスナーか、はたまた戦友かに向かって語りかける。須佐は画面から一瞬目を離してホワイトボードを見ると、どこか遠い目をした。
《前線が崩壊したら――我が下へ集え》
単純明快な指示であり、不吉な予言でもあった。
《――――ゼロッ》
〝氷雨コンコン〟がそう吼えた瞬間、待機ロビーは消え去り、僅かなローディング時間を置いて――市街地マップが表示された。ほとんどのビルが夕焼け染みた色で染め上げられている。町のあちこちで火の手があがっている。風が吹くと、物理演算で計算された塵が待って霧が立ち込めたように何も見えなくなる。どこか遠くで爆撃機から落とされた爆弾が破裂した鈍い音がする。
戦禍の町――市街地マップだ。
俺――の操作キャラ〝ブロッケン〟――は、街路を走っていく。
この辺りは直線で射線が通りやすいが、スタート直後だけ安置となっている。手癖でマウスホイールを回すと、武器がちゃきちゃきと切り替わっていく。
メイン武器、エネルギー式アサルトライフル――R・TOUWA8822。
サブ武器、電磁ネット――VESPER・VESP。
それから投擲武器の閃光手榴弾と、格闘武器の鉄爪だ。
ビルの2階に設置されている防衛拠点に滑り込む間際、俺は階下の幹線道路に向かってサブ武器の電磁ネットを投げつけた。
空中で蜘蛛糸の噴射のように広がったネットが、ヒビだらけのアスファルトに棘を刺す。30秒間、電気を流して敵の速度を落とす武器だ。そうとは知らずに幹線道路に飛び出して来た敵に、俺は防衛兵器のロケットランチャーを向けた。物理演算によって重力と風の抵抗を受けた砲弾がしなりながら着弾する。爆発のエフェクトが煌めき、右上のキルログに2名の名前が記される。
互角のうちは蘇りに30秒が設定されている。形勢が傾くに連れて、この時間が5秒から60秒の間を彷徨うのだ。次弾を装填している間に後続の味方が追いつき、幹線道路向かいのビルにも敵が密集し始める。本格的な戦いがはじまり、町のあちこちから発砲音が聞こえる。
ホワイトボードに無数の磁石を置いていた文乃が、敵陣を見て言う。
「敵は金銀橋戦法ですね」
「将棋の戦法はピンとこないが、言わんとすることは分かる……」
激戦区に手厚く、その後背にも無数の陣地や狙撃手を置いている。100人のプレイヤーで作った石垣だ。
「対してこちらは、左美濃囲いといったところでしょうか」
「まぁ、文乃が言うならそうなんだろうな」
戦場の左側に須佐を守るための厚い囲いがあり、そこから発展した戦場として俺のいる中央部がある。そこから南東にくだると、ロケットランチャーの防御陣地がある。要所は守っているが、空隙が多く、一度突破されたら崩壊するだろう。文乃がスマートフォンで諸所の実況を見ながら磁石を配置し直す。明らかに中央部が激戦区だ。
隣のプレイヤーがばたばた死んでいき、代わりも即座に入ってくる。
「1分経過」
試合時間は全部で20分。文乃が続けて読み上げる。
「KILL数、18対56で優勢」
人数差があっても、防御陣地がKILL数を積んでいく。しかし、KILL数が開くほど、敵のリスポーンは早まり、こちらは遅くなる。敵の攻撃は分厚く素早く苛烈になり、対してこちらの防御はか細くやせ細り穴を持つ。少しずつ、ロケットランチャーを守る防御線が縮まる。
敵の〝R・B〟がバリケードを置きながら近付き、手榴弾を投げつける。
投擲距離の限界で俺の居る2階には届かない。
俺は〝R・B〟の群れの中心にロケットランチャーを向け、ソレに気付いた。
楕円の身体に、歯車と半導体が海苔のように貼り付けられた――〝R・B〟の手榴弾だ。届かない筈の手榴弾が、俺の目の前に落ちていた。しかも2つ。起爆する。
「何が起きた?」
リスポーンタイムの時間を使って、状況を把握する。
「中央と南東の防御陣地を失陥しました」
俺のいた防御陣地だけでなく、南東の防御陣地も半壊したらしい。文乃がホワイトボード上の磁石を一気に動かしている。先ほどまで拮抗していた戦いが、一気に劣勢になっている。
「防衛線が縮小――敵勢力、全力攻勢」
文乃が市街地マップの上に、細長い磁石を置いた。そこが暫定的な抵抗線になっているのだろう。それによると、マップの3分の2は制圧されつつあり、活発に行動出来ているのは南西の須佐の周りだけらしい。状況は把握できても、先ほどの現象の検討はつかない。投擲武器は全キャラ同じ射程しかなく、さっきの状況からは届く訳がない。
「裏取されたのか?」
いや、違う。そう思いつつ、起きたことに理屈をつけていく。例えば俺の見ていない方向が突破されていたとか、幹線道路の反対の高層階から抜群のコントロールで窓に放り込んだとか……しかし、それにしては爆発までの間隔が短すぎる。
「さっきのボムは、俺の前に転がりこんでから1秒もせずに爆発した」
投げ込まれたのは〝R・B〟のものだ。爆風の範囲が広い代わりに、起爆まで12秒もかかるはずの――――
考えがまとまる前に、画面が切り替わる。リスポーンした俺は、再度中央の防御陣地に向かう。幹線道路は既に制圧されているから、ビル群の中を抜けていく。突然の事態に味方も統制を欠いており、まるで混乱という水鉢に閉じ込められたメダカのように心許ない。
前線が近付くにつれ、手榴弾の破裂音が聞こえて来る。クラフト要素があるFPSの常か、試合が長引くとじょじょに遮蔽物が増える。すると撃ち合いによる決着がつきにくくなる。この打開策として、お互いに投擲武器を投げ込むようになっていく。その時、道路に落ちていた手榴弾がピンボールのように跳ねた。
「――ハァ!?」
まるで物理演算を無視した跳躍だ。手榴弾は俺の遥か頭上、ビルの屋上付近で破裂した。
(あの高さまで跳ねるなら、2階の部屋にも簡単に届く)
だが、手榴弾のあんな挙動は見た事がない。俺は原因を確かめようと、近くのバリケードに身を隠す。バリケードはだいぶ攻撃を受け続けていたのか、亀裂が多く走っている。この状況で攻撃を受けたら、すぐに破壊されてしまうだろう。近くには破壊不能オブジェクトの建物もあるが、現場から離れすぎていた。俺は敵にばれないよう、固有スキルの〝幻惑〟を発動する。これで30秒間、俺はレーダーに映らない。
対岸のビルには敵が大勢詰めているらしく、ひっきりなしに手榴弾が振って来る。こちらも負けじと手榴弾や電磁ネットを投げ返している。手榴弾も電磁ネットももみくちゃになって、訳が分からない。味方側陣地から機関銃の連射音が轟く。機関銃はとにかく弾数が多く、ダメージも重い。機関銃が1丁あるだけで、相手には相当な威圧感が与えられる。
ところが、機関銃は敵のいるビルではなく、道路の隅に撃ち込まれている。狙いが荒すぎるだろ――と思いながら様子を窺っていると、どうやら機関銃が狙っているのは敵の手榴弾らしいと分かる。
「何やってんだアイツ……?」
敵の設置したバリケードや電磁ネットなんかは破壊可能オブジェクトだから、撃つのも分かる。というか、むしろ破壊していかなければ二進も三進も行かなくなる。
「手榴弾は起爆するまでは破壊不能オブジェクトだぞ?」
だから、攻撃する意味がないのだ。そのことを証明するように、手榴弾の上に被せられていた電磁ネットのみが破壊される。
「ハァ!?」
俺は再び素っ頓狂な声をあげていた。電磁ネットが破壊されるや、その下に置かれていた手榴弾がピンボールのように跳ね、壁に当たっても減速することなく乱反射を繰り返し――遂に味方の隠れているビルの1階に飛び込んだ。瞬間、炸裂し、画面右上のキルログに味方を示す赤い文字が現れる。
俺は咄嗟に隣のちゃぶ台のオロチを見た。正確には、オロチの扱う〝R・B〟をだ。案の定、オロチは遮蔽物に隠れながら体を擦りつけ、爆弾を前方に弾きだしている。いわゆる、バグ技だ。
このゲームは物理演算を用いており、更には破壊可能オブジェクトと破壊不能オブジェクトの2種類が設定されている。
俺の頭の中で、全ての事象が結ばれた。敵の手榴弾に、電磁ネットを被せる。電磁ネットは地面に撃ち込まれている訳だから、破壊されるまではその下のものは動きようが無い。その間に手榴弾に物理エネルギーである銃弾を叩き込むと、慣性が蓄積されていく。
慣性は電磁ネットという覆いがある間は大人しいが、ひとたび覆いが破壊された瞬間に解放され――手榴弾は再び跳躍の力を得ているのだ。そして、敵の投げた手榴弾に再び運動エネルギーを与えているのは味方の弾だ。しかし、跳ねる手榴弾は明らかに味方の隠れて居る建物を狙って放たれており、これらの意味することとは味方殺しであり、そんなことをするのは――
「荒らしだ」
嘘だろこいつら。1か月冷却期間を置いたのに、周知活動も行わなかったのに。湿ったところの虫のようにひとところに執着して、ずっと俺たちを狙っていたのか。
俺はがっくりきた。ちゃぶ台に片肘をついて、外国で道に迷ったように茫然とした。異国の音楽が耳に新しいように、馴染みのない電子音が響く。それはまるで霧の中の教会の鐘のようにおぼろげで、その癖妙な存在感があった。音の発信源は、俺のスマートフォンだ。耳馴染みがないのも当然で、さっき入れたアプリの着信音だからだ。発信元の名前は〝ピン@モジャ〟。予感というには確か過ぎる何かを胸に、黒電話のマークを押した通話を開始する。
〔ば~~~~~っか〕
突然耳元で叫ばれて、思わずスマートフォンを落とした。