プロローグ2/2
「え? なんで、エロ動画で見る奴になってる! どーなっちゃうの俺!?」
「お前、頭の中ぜんぶエロなんかぁ? まぁ、その年頃はそういうもんかの」
少女はいつの間にか抜き取っていた俺の財布を開き「しけてんのぉ」と呟いた。
じゃりじゃりと足音を立てながら神木の前に来たところで、不意にその顔に不思議な色が現れる。少女の指には、俺のマイナンバーカードがつままれていた。
「勝、俣、勝、喜」
又、且つ――つまり、三度勝つ――
少女の口がそう動いたように見えた。
「――訳も、ないがの。だが、二つは勝っておるのか。二勝、か……」
「煮カツ? 俺、カツ?」
心なし、ヒレカツの響きになってカツ感が増してしまった。
少女は弓なりにしなっていた眦を開けると、いいことを思いついた子供のように「のぉ?」と首を傾げながら、細く白い指先を自分に向けた。
「乃子は、須佐 乃子」
そして死体のようにほの白い指が俺を向く。
「勝俣勝喜」
(なんだ?)
と思いながら、気づいたときには「はい」と答えていた。
途端に背筋が泡立った。ぞわっとする。まるで檻に入っていた虎が、檻の隙間から抜け出して俺を舐めたような、捕食される寸前の感触。
「返事をしたのう、ニカツ。お前の名前はなかなか験が良い。あのお守りくらい良い。だから、許してやろう」
「なんでアンタに許されなきゃいけないんすか?」
「轢いたじゃん、乃子をさぁ」
それを言われると辛いところがある。黙って項垂れた俺に、須佐は続ける。
「実はのぉ、乃子は信仰を集めないと存在が消えてしまうんじゃ」
「いいことじゃないっすか」
「立場を分かってないのう。ニカツ――処刑じゃ」
須佐は俺を指さし、ふっと笑い「冗談じゃ」と言って石畳の上に指を向けた。まるで銃の玩具で遊ぶ子供のように、須佐は「ばーん」と口にする。
俺の缶バッジがはじけ飛んだ。
「はぇ?」
フライパンの上のポップコーンが弾ける様によく似ていた。四散霧消した缶バッジの欠片が、陽光の中でスターダストのように輝いていた。俺は呆然としながら言う。
「あの、その、手品どうやって、んですか?」
須佐は頷いて言う。
「一緒にVTuberやらんかの?」
「話の前後が繋がらない……こんな奴とやれることなんてないよ」
「ばーん、ばーん、ばーん」
俺がお小遣いとバイト代をつぎ込んで買い集めた缶バッジが、次々と塵になっていく。
「うそおおおやめてええええ!」
須佐は子供がガラス玉に陽を当てて、その美しさに嬌声をあげるように破壊し続ける。やり方は分からないが、誰がやっているかだけは分かる。
須佐だ。絶叫する俺を見て、須佐はにこにことほほ笑んだ。悪魔かな。
「人を揺さぶると色々な音色がする。土塊を焼いて固めた草鈴よの……眠たい音、汚い音、暑苦しい音、色んな音がする……ニカツは良い音がするのぉ。一緒にいると楽しそうじゃ」
「いやお前これ、楽しいのはお前だけだぞ!?」
感覚的には、いじめっ子といじめられっ子だ。いじめっ子に「俺たち仲良しだよな」と言われても頷き難いものがある。
「乃子にニカツが必要だから見え、ニカツに乃子が必要だから手繰れたんじゃなぁ」
須佐は言葉の最後に鈴虫のように軽やかな鳴き声で「うれしや」とつぶやいた。
(こいつ、電波とかいうレベルではない)
「基地外じゃん……!」
須佐は俺の言葉を聞いて「きゃっきゃっ」と楽し気に笑った。そして不意に真顔になり、俺の胸に指を向けた。
「誰が基地外だと?」
ハイトーンソプラノだった声が、急に、根を張った巨木のような落ち着きを持つ。そして響く「ばーん」の声と共に、俺の意識はブラックアウトした。
闇に落ちる寸前、須佐の声が風鈴のようにリンリンと木霊した。
俺はその音を聞いて、なぜだか少し昔のことを思い出した。