集会
丁度来たとは……と文乃の自転車のかごを見れば、濃い顔のオジサンが印刷された箱が入っている。文乃の親父がやっているカレー屋のアイコンだ。文乃は箱を抱いて、スマホで配達先を確認している。
「なんと、お届け先はこの――お家? はて、こんな建物がここにあったでしょうか?」
どうやら、文乃は店の宅配でやってきて、宅配を頼んだ須佐を轢いたらしい。
(櫛灘さんは須佐をイベントにぶつかる性質と言ってたが、どちらかと言うとイベントを引き起こす性質なんじゃないか?)
階上から「早く早く早く早く」と急かされたので、文乃を伴って須佐の部屋へ向かう。須佐に招かれるままに部屋にあがり、促されるままに文乃と共に卓につく。文乃が卓の中央にカレー二種とチキンティッカ、ナンを置く。驚くことに、ナンは4つあった。
「あのさぁ、須佐。なんでナン、4つあんの?」
まさか4人が揃うことを見越していた、とでも言うのだろうか。
「朝起きた時にすきっ腹で、あ~今日これ10人前食えるわ、って自信に満ちてる時あるじゃろ」
「ねぇよ」
「我胃袋極限無限飲食可」
「偽中国語理解。不可」
「今日その気分が、ドカ盛りラーメンの後にナン4つはいけるのぉ、って気分だった」
「ねぇよ」
「カレーの気分ってあるじゃろ」
「それはある」
俺たちが実のないやり取りをしている中、後ろで櫛灘と文乃がきゃいきゃいと話している。声の調子は若く女子会風――なのだが、何故だかお婆ちゃんと孫の会話を思わせる。
「すごーい。櫛灘さんは絵心があるのですねぇ」
「うふふ。元々好きだったんですけど、あの方の為に一生懸命練習しましたの。前にあの女狐がVTuber活動なるものにあの方を誘っておられまして、調べたら、絵描きさんが必要そうでしょう? だからわたくし、準備していて、これなんて力作で」
「――VTuberのお手伝いの為に、たくさんイラストを――なる、ほど」
文乃が妙な調子で相槌を打っているので、気になって後ろを見た。文乃の前には、数枚の和紙が置かれている。さても流麗な筆致で、艶やかな女人が描かれている。共通しているのは、彼女の周りに大蛇がいることや、水しぶきをイメージしたような下地が施されていることか。
文乃が困ったような目を俺に向ける。絵は――素晴らしく上手いことは間違いない――だが――俺は困って須佐を見た。
「絵柄が古いのよ」
須佐は一瞥することもなくピシャリと吐き捨てる。
「筆遣いが200年前のソレなのよ」
「――――え?」
須佐の言葉で、櫛灘の動きが針でピン止めされた虫のように硬直する。だが、須佐は止まらない。フェザー級ボクサーのように次々と仕掛けていく。
「淡色と言えば聞こえはいいけど、版画対応色でしかも色制限かけてるじゃろ? パキッとしない色なんじゃよ。宝暦カラーっちゅうかの」
「えっ、えっ?」
櫛灘の方が震える。須佐はそのことに気づいているのか、いないのか、まだ止まらない。
「お婆ちゃんの着とる服の色っていうか…………乃子もVTuberは詳しくないけど、PEPXとかで現代風のはわかるんよ? 櫛灘のは違うじゃん」
「須佐、流石にこれ以上はちょっと……」
櫛灘は畳に崩れ落ちて泣いており、その肩を文乃が抱いている。須佐はその様子を見てカッときたらしい。立ち上がり指さして言う。
「なんかさぁ! みんな櫛灘に甘くない!? 乃子にだけ辛くない!? 差別? 差別だよコレェ!」
「だってお前、俺様系DV気質だし、どっちに味方したいかって言われたら被害者……」
俺のわき腹がとんとんと叩かれる。脇を見ると、顔を伏せたままの櫛灘が俺のわき腹をつついたと分かる。微かな声で「もっと言って」と聞こえた。
(あれ? なんかいつの間にか、須佐と櫛灘のいざこざの矢面に俺が立ってない?)
「そもそもお前、昨日どっから現れたん? 俺からすると、急に空中に現れた奴を轢いちゃって、そこからブレスレット割れたって因縁つけられて……」
「あっ。――乃子も嫌々現世に連れてこられたっていうか。腕輪も」
「いやお前、めっちゃ喜んでたじゃん……脱獄を喜ぶ脱獄犯だったじゃん」
「櫛灘からもらった神力封じ・発信機付き腕輪も、ニカツに壊されたんじゃァ! 乃子大事にしてた、すっごく大事にしてたのに! 全部、全部、ニカツが悪いんじゃァぁぁ」
「腕輪の破損有無じゃなくて、ハイスペックPCにしか興味なかったじゃん」
不意に寒気を感じる。櫛灘が指の隙間から俺をねめつけている。明らかに俺を敵として見ている目だ。
(おや? 風向きが怪しいぞ)
「そぉぉなんだ……脱走も、探知防止も、ぜんぶ、ぜんぶニカツ君の所為だったんですね」
いつの間にか、全ての矢印が俺を向いている。櫛灘が畳をころころ転がり、須佐の膝枕に収まった。 そして二人で「きっ」と俺を見ている。
「これなんか覚えある! 女子同士のいざこざに巻き込まれて気が付くと無関係だった俺の所為になってるやつゥー! なんかトラウマが蘇ってくるゥー! 助けてェもォ」