ロリ毒婦
櫛灘の瞳は、何かを試し、推し量るような、そんな調子だ。俺が居心地の悪さを感じるほんの少し前に、櫛灘の口元に微苦笑が浮かぶ。
「まぁ、でも」
櫛灘の首がぐるんと半回転する。見竦められた須佐がびくっと大仰に反応した。
「そんなドマイナーエピソード、誰も知りませんけどね」
「うっそぉ。乃子のエピソードがマイナーなら、人類皆マイナーじゃね?」
「その! 思い込みが! あの! 自己中な動画に繋がっているんでしょうが! 自分ではなくお客様を! 視聴者を見なさい!」
たぶん、それは本当に、そう。
「あなたのエピソードで1番有名なの、ご令姉様の家で脱糞でしょうが!」
櫛灘の言葉に、俺の目玉が飛び出る。人の家で脱糞って、結構なことじゃない?
「な、なんで言うの!? それは、ちが、が、ちがうんだってぇ! 言ってるじゃん!!」
須佐は、櫛灘の言葉に胸を貫かれたように突っ伏した。櫛灘は実に素早く、蹲った須佐に跨ると、その耳に口を近付けて、「現実を見なさい」「つまんない動画」「極潰し」「信力の無駄遣い」「協調性皆無」「自己中心的自己愛者」「PEPX上手いのに、クランから追い出されるのはそういうこと」「才能の無駄遣い」「でも、しゅき♡」「極潰しでいていいんですよ?」
「だって、あなたには」
須佐の耳に呪詛のようなものを流し込んでいた櫛灘は、そこで溜を作って言う。
「――わたくしが、おそばにいますから」
(なんか、毒みてぇな女の子だな)
この関わっちゃいけない感は、なんなのだろうか。唯一の救いは、毒を盛られる相手が須佐に限定していることで――いやまて、この子、恐らく須佐の敵にも毒を盛るのでは?
櫛灘は、須佐の耳元で「しゅき」を繰り返している。須佐は「許して」「どっかいって」と言いながら逃げようとしているが、櫛灘の巧みな抱きつきによって叶わずにいる。
(俺は、いったいどうしたら)
惑う俺の目線と、かち合う目線がある。櫛灘の背中には、四角い風呂敷包みが乗っかっていた。天草模様の風呂敷から、何かがにょろ~と這い出して来る。
三角形の頭をした、蛇であった。
アオダイショウはちらりと背後の櫛灘と須佐を見ると、肩を落とす様に鎌首を谷にし、「どうもすいませんね」と言いたげな目で、俺を見た。
「いや、こちらこそ」
あまりにも道理の分かっている目に、なんとなく頭を下げると、アオダイショウも返礼のように頭を上下に揺らした。アオダイショウの首と言わず、体全体がガタガタと揺れる。地震というよりは、活火山の噴火直前の様相だ。怒り心頭の須佐が、腹這いのまま跳ねているのだ。
「もう限界なの、お前とは!」
「そんな!」
「束縛厨が! 乃子は自由気ままでこそ輝く嵐の子なのに!」
それはない。ダメ人間の言い訳にすぎないだろう。しかし、身体的な揺れというより、精神的な揺さぶりによって櫛灘は力を失った。その隙に須佐は太巻きを作る時のように横回転し、恐ろしい程の身体能力で――つまりは、片手で床を弾いて宙に浮き、そのまま、
「ではの! 片付けてから帰って!」
捨て台詞を吐いて、窓の外へと消えていった。
人間業とは思えない動きだ。