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9 小説家

「萩は君のことをとても優秀な学生だったと私宛にフィードバックをくれた」


 木染と早苗は前回と同じベンチに並んで座っていた。よく晴れた初夏の昼下がりだった。


「それで、現職プログラマーの仕事を見て、どう思ったのか聞かせてくれるかな」


「そうですね、いい経験をさせてもらったと思っています。僕はプログラマーについて、この世界についてあまりに無知だったと痛感しました」


 あの三日間のインターンで自分がさせてもらった仕事、見ることができた仕事は、萩のしている仕事のほんの少しだったが、仕事という概念を取り巻く巨大なシステムの存在について気付くことができた。


「先生が僕を萩さんと会わせたかった理由を聞いてもいいですか?何か意図があったんですよね」


「萩とはよく話す友達だからだよ。私はそこまで多くのプログラマーと懇意にしているわけではないし。でも、他に理由を上げるとするなら、君と萩は少し雰囲気が似ているところがあるような気がしたからだ。萩はプログラマーになってこそいるものの、他の多くのプログラマーと違って、自分がプログラマーであるという誇りや優越感を感じていない。君も三日間で少しは感じたかもしれないけれど、そこまで自分の仕事を愛していなさそうだから、プログラマーになろうかなるまいか考えている学生にとって、客観的で中立的なアドバイスができそうだと思った」


「ええ、たくさん貴重なアドバイスをいただきました」


「それは良かった。プログラマーを目指したいと思ったか、それとも小説家を目指したいと思ったか、今の気持ちは?」


「まだ少し迷わせてください」


 早苗が言うと、木染はそれでいい、と言うように頷いた。木染は腕時計にちらと視線をやり、腰を浮かせた。早苗はそれを引き留めた。


「先生、スマートシステムってご存じですか?」


「言葉は聞いたことがある。働く人のサポートをするシステムのことだろう。たしか萩が開発をしているというものだ」


「そうです。働く意欲を調整するシステムです」


「それがどうかしたのか?」


「先生、僕らはロボットに働かせてもらっているんです。ロボットがやったほうが効率的なのにわざわざ仕事を分けてもらって、そして労働から幸福を得ているんです。働く意味なんかなかったんですよ。僕が先ほど職業選択を迷っている、と言ったのは、どちらにせよ、意味なんかないと知ったからです」


 木染はベンチに再び腰を落ち着けた。早苗としては、一部の人だけが知る、世界の核心的な秘密を打ち明けるくらいの思い切った気持ちで話したのだが、木染は特に表情を変えず、落ち着いていた。


「驚かないんですね」


「そういうシステムが存在していてもおかしくないだろうな、と思っただけだ。萩が君に教えたんだろう。それならおそらく真実だ」


 木染は少し黙って考えてから口を開いた。


「意味なんかない、か。そうか、それを知ってしまったのは衝撃だっただろう。しかし、絶望しなくてもいい。そもそも仕事に意味は必要あるんだろうかと君は考えたことはあるかな。私は必ずしも必要ではないのかもしれないと思っている。我々は幸せになるためにいろいろな手を尽くしていて、その手段の一つが労働で、それで幸せになれるのなら、意味なんかいらないと言える。あるいは、意味が必要だという立場、私と反対側の主張に立った時は、幸せになることがそのまま仕事の意味になるんじゃないのかと私は思う」


「先生の『創造学』の教師という仕事は、純粋に先生が幸せになるための手段でしかないと言い切れるんですか」


「そうだね。私の場合は言い切れるよ。後世に私の論文を遺したいという欲に突き動かされてこの学問を始めたから、この学問をすることはそのまま私の幸せになると言える。君は創作欲について語ったけれど、創作だって幸せになるための一手段だ。君は、全ての仕事の無意味さを知ったんだから、ますます小説家になるべきだと思わないか?」


「そうですかね」


 木染は早苗の肩をぽんと叩いて立ち上がった。次の時間に授業があるのだろう。「それじゃ」と短く言って木染は校舎に戻って行った。まぶしく明るい日差しが庭に降り注いでいるはずなのに、早苗にはあまり明るいと感じることができなかった。

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