締め切り明けのモーニング
締め切りまで間に合ったが、徹夜してしまった。
締め切りの日まで計画的に執筆できなかった自分が悪い。一応最後まで書いたが、途中で大幅にプロットを変え、書き直していた為スケジュールが狂ってしまった。
計画性の無い私は、こういう事はよくあった。
自分の作家活動も、まるで計画性が無かった。小説家としてのキャリアは二十年近いが、一度も思い通りになった事はなかった。
私はいわゆる腐女子で本当はBL小説が書きたかった。しかし、担当編集者がつき新人賞が取れそうだったBLレーベル潰れ、その編集者に少女小説を書かされた。これが意外と受けてしまい、しばらくそれで食っていたが、そのレーベルも消滅。
漫画のノベライズやゲームシナリオライターなどをしながら食い繋ぎ、一般向けの文芸で再デビューできたが、全く売れなかった。ライト過ぎると評判も悪かった。
その後、再び少女小説を書きながらがら児童文庫レーベルに声がかけられた。そこで書いた女子中学生とイケメン先輩のラブコメが受けてしまい、シリーズ10作まで刊行している今に至る。タイトルは「イケメン先輩と内気な私の初恋」という。タイトル通りの少女漫画風の児童書だ。
自分で書いておきながら、この先輩キャラが嘘くさくて仕方ない。もうオバさんというかババアの域の年齢の私としては、何を考えているのかさっぱりわからないキャラだった。
それが返って読者からはミステリアスなイケメンに見えてしまったようで、本は売れ続けた。今ではこれは代表作になってしまっている。
表紙と挿絵を人気イラストレーターに描いて貰っている事だけが、救いだ。自分としては全く納得できない。筆も進まないし、もういい歳で身体がキツいのにも関わらず締め切り前は徹夜ばっかりしていた。
「イケメン先輩と内気な私の初恋」の読者は祖母に近い年齢の女が、血を吐くように作っている作品だとは夢にも思っていないだろう。顔出しとかしておかないで本当に良かった……。
「あー、やっぱりBL書きたい……」
原稿を送信すると、窓の外は明るくなっていた。
書き上がった爽快感より、愚痴の方が溢れてしまう。やっぱり私はBLが描きたいのだが、見えざる手のようなものに阻まれて、一文字も書きたいものは作れなかった。
そんな事を考えていたら、お腹が減ってきた。そういえば近所に新しくカフェができたらしい。朝ごはん食べに行ってみよう。
そのカフェは、オシャレな感じはなく、いかにも田舎の個人経営という店構えだった。インテリアが統一性がなく、浮世絵の絵があると思ったら、ドラえもんの絵も置いてあったりする。
意味がわからないと思いつつ、コーヒーを注文したら豪華なモーニングがついてきて度肝を抜かれた。
「びっくりしたでしょ。うちは名古屋式なんです」
店員がそう言っていた。
ここは関東の田舎だが、店長は名古屋出身らしく、そのモーニングに沿っているらしい。
大きなプレートの上には、ハチミツとバターが塗られたワッフル。ミニサラダ、それにカリカリのベーコンとスライスされた茹で卵がのっていた。
デザートもついている。小さなメロン、イチゴ、蜜柑のフルーツの盛り合わせだった。
思わぬ豪華なモーニングに、私は夢中で食べていた。
ようやく締め切りが明けた解放感を持ちはじめていた。
一度も思い通りになっていない作家活動だったが、それでも良い気もした。
このモーニングみたいな思わぬサプライズもあるかもしれない。「イケメン先輩と内気な私の初恋」だって売れてる事はありがたかった。
世間では、好きな事をすれば良いという考えが多いが、そればっかりやっていても胸焼けしてしまうかも。好きな作品と作れる作品は違うという事なのだろうと悟った。
少し温くなっていたブラックコーヒーを啜る。
別にコーヒー自体は普通だが、これはこれで悪く無いだろう。目が覚めてきた。
カフェの窓からは清々しい朝日が差し込んでいた。
そういえば、重版が決まった巻もあるので、誤字をいくつか直さなければならない事を思い出した。
さあ、今日も仕事しよう。