最後のコーヒー
「浅海カエル子の作品は、まるでインスタントコーヒーのようだ。深みのない異世界テンプレばっかり。似たような設定も多く、作者は人生経験の乏しい大学生ぐらいだろう。本もろくに読んだ事が無いのかもしれない」
今朝、某大手ネット書店のレビューを見たら、そんなレビューがついていた。
認証欲求の強い私は、毎日しつこくエゴサをしていた。たまに自作の酷評レビューを見ると、気分は良くない。
自作をインスタントコーヒーに喩えるのは傑作だ。リアルで文芸界のクソジジイや評論家のクソババアに本当にそう言われていたから、外れてはいない。
「ブンガク」をやっているものとしたら、異世界ファンタジーを量産している私は、良い存在では無いだろう。
かくいう私もお硬い国文科の大学へ行き、本気で「ブンガク」をやろうとしていたが、一向に芽が出なかった。あらゆる物語も突き詰めれば「古典」をテンプレにしてるという事に気づき、メンタルも病んでいた。「古典」の研究なんてするんじゃなかった。
そんな時、大学の先輩に「ライトノベル」というのを教えてもらい、見様見真似で書いていたら、こっちのほうが合っていたらしい。あれよあれよという間に書籍化が決まって今に至る。本当は「ブンガク」で認証欲求を満たし、芥川龍之介みたいに自殺するつもりだったが、予定が狂ってしまった。正直、わざとテンションを高くし馬鹿っぽく安っぽい文章を作るのは骨が折れるが、仕方ない。
今のところ死ぬ予定はないが、酷評レビューを見ていたら、なんだかあの先輩に会いたくなってしまった。もう何年も会っていない。
連絡をとると先輩はブックカフェを開いている事を知った。コーヒーを奢ってやるというので、私はその店へ行ってみた。
住宅街のすみっこにある地味なカフェだった。
カウンター席とテーブル席がいくつかあったが、他に客は一人もいなかった。感染症対策のアクリル板はくすんで細かな傷がついていた。
ブックカフェといってもなぜか本棚はスカスカで、私が好きな「ブンガク」の本は一冊も入っていなかった。
「先輩お久しぶりです」
「よぉ、元気か?」
私はカウンター席に座って、コーヒーを注文した。
久しぶりに会う先輩は、ちょっと老けていた。ちょび髭を生やしていたが、童顔なので全く似合っていない。
「え? このコーヒー、こんなにするの?」
出されたコーヒーを飲み、何気なく値段を聞いたら意外と高かった。文庫一冊買える値段だった。
先輩はペラペラとコーヒーの蘊蓄を語っていたが、私にはコンビニコーヒーとの差が全くわからない。コンビニコーヒーは改めてコスパが良いと思った。
「よくわからないけど、インスタントコーヒーよりは美味しいかもね」
それは全くの自虐だった。インスタントコーヒーと例えられた自分の作品は深みのない異世界テンプレばっかり。「ブンガク」が好きだった自分でもそう思う。
「インスタントコーヒー、馬鹿にすんなよ。あれはあれで尊いんだ」
「そう?」
「うん。俺も時々飲むし。特にキャンプ行った時に外で飲むと美味しいんだよなぁ。インスタントコーヒーが開発された頃、戦時中の兵士達は手軽に作れるこのコーヒーを飲んで心が休まったという記録もある。きっと過酷な生活の中で癒しだったんだろうね」
意外と先輩は、インスタントコーヒーに肯定的だった。
別に自分の作品を庇って貰ったわけではないが、時々読者から貰うファンレターを思い出す。「コロナ渦の中、気が滅入っていたけれど先生の作品を読んで癒されました」とか書いてあったっけ。あんな安っぽい作品に癒されるなんて、ある意味今も戦場みたいな過酷な世界なのかもしれない。
「そういう考えもあるんだ」
「うん。っていうか意識高いだけでは上手くいかない時もあるよねぇ。昔は売れてるものや人気あるものを馬鹿にしてたけど、単なる厨二病だった」
先輩は寂しそうに、この店を閉店する事を教えてくれた。原材料の高騰で資金面で色々と大変らしい。
「そうなんだ。厳しいのね」
「そうなんだよなぁ。本当にこだわりのコーヒーをお出ししてたんだけど」
少し泣きそうな顔をしている先輩を見ていると、私も切なくなってきた。
「もう一杯、意識高めのコーヒー注文していい?」
「はは、いいよ」
先輩の蘊蓄を聴きながら、この店で飲む最後のコーヒーを味わった。
よくわからないけど、不味くはない。でも、美味しいとも思えない。その割には手間や時間がかかっていそうだ。
とりあえず今日も明日も異世界テンプレを書くしかない。酷評レビューや「ブンガク」の連中の嫌味な声が頭の中で響くが。
やっぱり私には「ブンガク」に縁がないと思った。