ジャコウネコの肥やし
先輩は、色々と病気だと思う。肉体的な意味ではなく、精神的な意味で。
今日も大学内で、女とイチャイチャしているのを見かけた。
イチャイチャしているだけだったら良いが、時々修羅場になって、コーヒーをぶっかけられていた。
少し可哀想になったので、コーヒーで汚れたシャツの染み抜きをしてやったのがキッカケで、話すような間柄になっていた。
「菜摘ちゃん、俺と付き合わね?」
「先輩の芸の肥やしで付き合うのは嫌です。っていうか、私は彼氏いるんですけど」
「ッチ。ガード硬いな」
息を吐くように先輩は口説いてくる。女だったら別に誰でも良いらしい。病んでる。
先輩は、高校の時にデビューした作家だった。「令和の太宰治」なんてキャッチコピーもつけられて、そこそこ人気があるらしい。
実際、ちょっと太宰治に似ている。古くさいイケメンだが、女が放っておかないようなオーラはある。
太宰治はよく心中をしていたらしいが、先輩は女遊びが酷かった。本人いわく、芸の肥やしらしい。女が途切れると一行も書けないらしい。
病んでる。
友達ではいいけど恋愛的な意味では、一切関わり合いたくない男だ。
そんな折、また大学でコーヒーをかけられている先輩を見かけた。女と修羅場になり、缶コーヒーをぶちまけられたらしい。
「ふー、やれやれ」
「文学青年ぶってないで、顔拭いたらどうですか?」
たいしてダメージを受けず、皮肉っぽい笑顔を浮かべている先輩にハンカチを渡した。
確かに先輩はイケメンだが、コーヒーで汚れている髪や顔はみっともない。
「ふー、やれやれだよ。どうせかけるなら缶コーヒーじゃなくて、ジャコウネココーヒーでもかけて欲しいね」
「なんですか、それ?」
「高級なコーヒーだよ」
先輩によるとジャコウネココーヒーは、なんとフンから取れるらしい。
ジャコウネコはコーヒー豆をエサとして食べる。未消化でフンになったそれを焙煎して作るコーヒーらしい。
世界一高級コーヒーと言われているらしい。
「うわー、フンから取れるコーヒーなんて、不味そう」
「これが意外と美味いのだよ」
先輩は文学青年風のポーズをとりながら、ドヤ顔をしていた。
「よくフンから取れるコーヒー豆で焙煎しようと思いつきましたよね」
「ま、いつだって美しいものは、大量の肥やしの上に出来るのだよ。ふー、やれやれ」
そう言って先輩は、私の前から去って行った。
確かに彼の作る作品に限っては、美しい。その背後の大量の肥やしがあるわけだが。
ジャコウネコのコーヒー、飲んでみたら美味しいのだろうか?
でも、私は缶コーヒーやコンビニコーヒーで十分だ。
美しくなくても、そこそこの幸せの方がいい気がした。