コーヒーカスの活用方法
ボツばっかり。
僕は駆け出しの作家だったが、企画が全く通らなかった。
なかなか出版不況で厳しいらしい。出版社だってボランティア活動している訳では無い。よりお金を運んでくる作品を売るのは、当然の事だ。
「しかし、このボツはえぐれるわな…」
一週間前、担当編集者から連絡があったが、先輩作家が同じネタを使っていた。
同じミステリーで、トリックが完全一致してしまった。
しかもネタを出した時期もほぼ同じ。単なる偶然だがミステリのトリックなど、そうそう真新しいものは無い。
結果、この企画が選ばれたのは先輩作家だった。先輩の方が実績もあったし、主人公にキャラクターが一般ウケすると編集長が判断した。
仕方がないが、こういう事はよくあるらしい。
「それでも、堪えるよ……」
気を取り直し、仕事部屋で新しい企画書を書いていたが、全く進まない。
小説は英語でnovel。
この単語の語源を辿ると、元々は斬新という意味もあるらしい。novelは斬新なという形容詞としても使える。
そう思うと、自作はnovelの意味にあっているのかサッパリわからなかった。ミステリーだけでなく、小説のネタなど出尽くしている。
そんな鬱々とした事を考えていた時、担当編集者から電話がかかってきた。
例の先輩作家と出版社で打ち合わせ中で、僕とどうしても話をしたいという事だった。
「もしもし」
先輩作家とは会った事はなかったが、想像以上にお爺さんの声で驚いた。作風はテンションが高いので、もっと若い人かと思っていた。
「今回の件は悪かった」
「いえ。気にしてませんから」
というのは嘘だが、わざわざこうして電話をしてくれる先輩作家には良い印象を持ってしまった。
「実は最近、コーヒーにハマっていてね」
「へぇ」
「タリーズの豆挽いて、原稿書きながら飲むと美味いんだ」
「へぇ」
先輩作家がなぜこんな話題を出すのか謎だった。
「妻に聞くと残ったコーヒーカスは、色々使えるんだ。消臭効果あるから、玄関に置いたり。糠と混ぜて肥料にしてもいい。雑草も生えなくなるし猫や害虫も来なくなるからね。緑茶の茶殻より使い道があるかもね」
「そ、そうですか」
「ま、あとで試してみてくれよ」
どういう意図で先輩がそんな話をしたか不明だった。
一応小説のネタになるかと思いメモにしていたが。
後日、担当編集者から先輩作家は駆け出しの頃はボツばっかりだったという話を聞いた。
デビューするまで10万文字の長編を100本以上投稿していたので、多少のボツには動じなかったらしい。
「あの投稿作が、今の自分を作っているねぇ。無駄だと思ったものも、そうじゃなかった」
そう笑って言っていたらしい。
だんだんとボツで心が折れている自分が恥ずかしくなってきた。自分は長編を100作を投稿するほど何もチャレンジしていなかった事に気づいた。これは別に出版社や先輩作家のせいではなく、自分のせいだった。
「今度コーヒー飲んだら、カスを防臭剤にでもしてみるか」
先輩作家が言っていた事を試してみよう。
意外と無駄だと思っていたものも、何かの役に立つかもしれない。
僕はスッキリとした気分で、再び企画書を書き始めた。