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愛の神託

 先輩は、兼業作家だった。


 同じデザイン事務所の先輩で、一から十まで仕事を教えてくれた恩人でもあるが、作家もやってるせいか口癖が妙だった。


「苦虫を噛み潰したような顔」とか「水を打ったような静けさだ」、「まるで絵に描いたよう」等と普通に言う。


 そんな先輩も兼業がよっぽど大変なのか、過労死寸前で入院していた。毎月のように本を出していたらしく、確かにこれでは死ぬだろう。年齢もアラフォーだし、若い頃のような無理はキツいはずだ。


 こちらの仕事は、私が穴埋めをするハメになったが仕方ない。


 先輩の好きなものを買ってお見舞いに行く事にした。


 病室は他の患者が外出中だったので、水を打ったかのように静かだった。


「先輩、生きてます?」

「生きてるわよ、失礼な」


 先輩は思ったより元気そうだった。ベッドの上で半分身体を起こして仕事をしていた。オーバーテーブルの上でゲラ作業というものをやっていた。ゲラは小説の原稿を刷り出したものらしい。付箋がびっちりと貼ってあった。


「先輩、ワーカーホリック過ぎますよ。入院中も仕事しているなんて死にますよ?」

「いいえ。死にません!」

「ドクターストップかかってないんですか?」

「かかってるけど、こっそりね?」


 だめだ。この人は根っからの仕事人間らしい。こちらの仕事もよく事務所に泊まりがけで熱中していたのを思い出す。


 ホワイトの職場なのに、先輩だけが一人ブラック化していた。コーヒーをカブ飲みしながら、目をギラギラさせて仕事をしている姿は、痛々しかった。


「私は作家といってもエロ入ったTLだしねぇ。そうそう休んでいたら、読者に飽きられるのよ」

「だからって、もう少し休みましょうよぉ」

「っていうか、笹森は今日はお土産に何か持ってきたんじゃない?」


 先輩はめざとく私がお土産に持ってきた紙袋を指差した。


「じゃじゃーん。先輩の好きなコーヒーを持ってきました」

「コーヒー? っていうか、たんぽぽコーヒーって書いてあるんだけど?」

「うん。たんぽぽの根からとれたカフェインレスのコーヒーだよ」

「げー、まずそう。苦虫の味しそう」

「苦虫の味って一体なんですか〜? っていうか先輩コーヒー好きですよね?」

「カフェイン入って無いのなんて飲みたくない」

「今の先輩がカフェインとったらワーカーホリックっぷりが悪化しますって。ま、とりあえずたんぽぽコーヒー淹れてみますよ」


 私は病院の給湯室を借り、たんぽぽコーヒーを淹れた。紙コップに注ぎ、ベッドの上のオーバーテーブルの上に置いた。


「匂いはちょっと香ばしいけどね」

「まあ、本物のコーヒーよりは薄いですね。匂いも見た目も」


 私はそう言ってたんぽぽコーヒーを飲んでみた。


 麦茶とコーヒーの中間のような味だった。確かに本物と比べて色々低刺激だった。まあ、美味しくはない。スタバのメニューにあっても売れないだろう。中毒性ゼロ。


「うわ、不味い。土つきの根っこみたいな味がする」


 先輩は本当に苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「失礼ですね、先輩。もうお見舞いに来ませんよ」


 そう言ったのと同時だった。先輩はうっかり手を滑らせてオーバーテーブルの上にたんぽぽコーヒーをこぼしていた。


 作業中のゲラも茶色に染まってしまった。


「わー、仕事しなくちゃいけないのに」

「いいじゃないですか。これは、もう仕事を休めっていう神様からのメッセージですよ。っていうかこれから医者にチクってくるけど、いいですか?」

「だ、だめよ……。そういえば、たんぽぽの花言葉は、愛の神託だった。やっぱり神様からのメッセージかもね」

「花言葉なんてよく知ってますね」

「小説のネタでよく使うのよ。花言葉の本を持ってる作家は多いと思う。というか、何か眠くなってきちゃった」


 先輩は、欠伸を一回して眠っていた。カフェインレスのたんぽぽコーヒーの効果かもしれないと思った。


 後日、退院した先輩は事務所でたんぽぽコーヒーを飲んでいた。


 黒糖とミルクを入れると、そこそこ飲める味になるらしい。


 たんぽぽコーヒーを飲む先輩は、すっかり元気になったようだった。


 何はともあれ、絵に描いたような平和な光景に安堵した。

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