カフェラテまでの時間
確かに私はパパ活しに来たはずだった。
アプリで知り合った年収2000万のオッサンを上手く言いくるめて、パパ活契約するはずだった。オッサンは不細工でハゲだったけど会社社長だし、何より年収に目が眩んだ。
しかし待ち合わせのカフェに行くと、年収2000万のオッサンはいなかった。それどころか自称・年収300万の兼業ラノベ作家がいた。歳も30歳の男だった。
本人がそう自己紹介していた。
年収2000万円のオッサンの後輩で、彼の会社で秘書として働いているという。金は稼げるが女運が無いオッサンをこうして守っているらしい。
「年収2000万円のオッサンの会社で年収300万っておかしくない? 副業でももう少し稼げるでしょう? 本当はもっと稼いでるでしょ?」
私は臨機応変にターゲットを変える事にした。今はぴちぴちJDだし、押し通せる……!
驚いた事にこの秘書は、タダ同然でオッサンの仕事を手伝ってるらしい。
ヤクザに売り飛ばされそうになったところを先輩に助けられたと涙ながらに語っていた。
恩があるようだった。飼い主になついている犬みたいにも見えた。どうやらこの男からお金を巻き上げるのは無理そうだった。
「ヤクザに売られたとかドン引きなんだけど。両親は何やってたわけ?」
「同じくヤクザさ。抗争に巻き込まれて死にかけていた」
「うわぁ。すっごい波瀾万丈……」
この秘書の波瀾万丈の人生は、ラノベとして出版し、密かなファンもいるという。
ヘラヘラ笑う秘書は、意外と苦労は顔に滲み出ていなかった。
そこに店員がコーヒーを持ってきた。アメリカンコーヒーを頼んだが、砂糖とコーヒーフレッシュもついてきた。
「僕は自分の人生は悪いと思ってないよ。両親には裏切られたけど、尊敬する先輩に出会えた。何より小説のネタに出来るのっていいよね。お陰で僕は誰も何も恨んでいない。不公平で嫌な事があっても、小説のネタにするからいいじゃんって思うんだ」
「へぇ。達観してるね」
「僕の小説も売れないけど、出版業界の裏ネタをネット小説にしたらバズったよ。たぶん書籍化できそう。僕は人生の嫌な事をネタにして小説にするっていう使命がある気がするよ。あんたの事もネタにしたいけど、どうかな? なんか深みがないんだよなぁ」
「ちょっと酷くない?」
「甘さだけが人生じゃない訳だよ。苦味が深みを与えるのかもね?」
秘書はコーヒーには何も入れずにゴクゴク飲んでいた。一方、私はコーヒーフレッシュと砂糖を入れた。
「あぁ。コーヒーフレッシュ入れるのか。これってミルクじゃ無いんだぜ」
「本当?」
「中身は油、着色料、人工甘味料、乳化剤とかだったかな。栄養素ゼロだし、フェイクみたいな薄っぺらい食べ物だねぇ」
「ふーん」
「とある人気ライトミステリで、コーヒーフレッシュ入れるシーン見た時は驚いた。それはコーヒーが不味くなる飲み方だよって思った。入れるなら本当のミルクを入れなきゃ。言い過ぎかね?」
確かに私のコーヒーの表面は、うっすらと油が浮いているように見えてしまった。確かにこれを入れたからと言ってコーヒーの味が良くなった気はしない。飾りというか、何の為にあるのかよく分からない食べ物だった。
ふと、自分の人生もこんなフェイクみたいな感じに思えてきた。
パパ活もお金が欲しいからやってる。お金が欲しい理由は、ブランドものを買ったり良い物を食べたいからだ。一言で言えば見栄だ。
あぁ、本当に薄っぺらい。深みもコクも何もない。
こんな事は、長くは続けられないだろう。若さも美貌もいつか蒸発するに決まってる。
「ねえ、あんたの書いている小説とか先輩の話が気になった。色々話聞いていい?」
「いいけど、もうパパ活なんてするなよ。約束しろよ。簡単に稼いだお金は簡単に消えるぞ」
私と秘書は、指切りげんまんした。
そして、ちゃんと本物のミルクが入ったカフェラテを注文した。
「あんたの事、人生の先輩って呼んでもいい?」
「はは、君は面白いね」
カフェラテを飲みながら、彼の笑い声を聞いていた。