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アフォガードと欲望

私はいわゆるネット作家だった。なろう系とも呼ばれる。


 半年前、異世界ものの小説が書籍化された。といっても別に売り上げも良くなく、プロ作家の中では底辺だろう。元々これで稼ぐ気はなく、大学卒業後、この春から地元企業の経理部で働く予定だった。


 来る日も来る日も数字に向き合う生活になるだろうが、何が売れるのかよくわからない作家になるよりはマシそうだ。とりあえず座っていれば給料が発生する会社員って楽だよな。確定申告とかもないし、何かミスしても自分で補償するわけでもないし。


 という事で、私の作家への夢は徐々に消えかけていた。書籍化した時の担当編集も、就職する事を話すと「立派ですねー、偉い。本業で作家になるのは絶対無理ですから! 内定取り消して作家になるとか絶対に言わないで下さいね!」等と言っていた。なんか本当に夢が無い……。


 ペンネームのSNSも整理しようと考えていたところ、TLに先輩作家のコメントが流れてきた。


『武蔵野の神社で〆切守りを買いました! 頼む、〆切間に合ってくれぇ!』


 私は、それを見てガッカリした気分になってきた。彼は憧れの存在だった。書く世界はキラキラと輝き、まるで夢のように美しいのに。


 私が書籍化した時もあれこれ世話してくれた人でもあったが、こんな神頼みしているなんて。


 売り上げも人気もある作家なので、余計に神頼みしているのが居た堪れない。というか〆切専門のお守りまであるなんて驚きだな……。神社には神ではなく、優秀なマーケターがいるのに違いない。そこらへんの企業より人間の欲望を研究しきっている。


 先輩のSNSを見ていると闇堕ちしているようだった。このまま放っておくのも夢見が悪いので、話でも聞こうと思った。


 先輩は近所に住んでいるので、駅前のカフェで会う事にした。


「先輩、神社の神頼みはダサいですよ。なんかガッカリです」


 私はついつい本音を言ってしまった。


「そうは言ってもなぁ」


 先輩は髭面で、髪もべとついていた。〆切に困っているのは事実みたいだ。


「俺よりすごい作家なんて山ほどいるし。出版社も不況で本屋も潰れてるし。あぁ、困ったね」

「そんな事言わないでくださいよ。実力で頑張りましょうよ。先輩の作品は面白いですよ」

「実力でどうにもならない領域があるんだよ。あの作品とかさ、どう考えても売れた理由がわからん」


 先輩は本格的に闇堕ちしているようだった。


「すみません、店員さん。アフォガートください」


 先輩はこの寒い中、アフォガートを注文していた。


 アフォガートは、冷たいバニラアイスに熱々のコーヒーをかける罪深いスイーツだ。甘さと苦さ、冷たさと熱さが絶妙に混じり合う。


 白いバニラアイスは、ゆるゆると黒いコーヒーに崩され、汚されているようにも見えた。アフォガートはイタリア語で溺れるという意味だが、本当に罪深いスイーツに見えてしまった。


「実はカクヨームっていう小説投稿サイトで、神社の祈祷会イベント開くみたいでさ。俺の名前も選ばれたんだよ。神主が名前を読んでくれるんだ」

「へぇ……」

「これで大丈夫だ。きっと重版かかってシリーズ化できるはず」

「こんなのやめましょ。スピリチュアルにハマってる婚活女子と変わりないですよ。簡単に願いが叶ったら後で呪いでも受けそうじゃないですか」

「いやいや、困った時は神頼みさ。助けてくれれば仏でも神でも何でもいーよ」


 汚されていくアイスを見ていると、私の目は死んでいく。


「ま、人間は欲望に抗えんよ」

「そうかなー」


 先輩は美味そうにアフォガートを食べていた。


「半分食べる? これ」

「いや、いい」


 先輩にアフォガートを勧められたが、断った。それで良いと思った。


 憧れの先輩の姿は、どこにも居ないようだった。

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