異世界転生を求めて〜偉大な小説書きになるためにはトラックが必要です!?〜
「それだよ!」
大聖堂にズラリと並ぶ本棚。
広くて静かな空間に、私の声だけが響いた。
私はここで、異世界から来たという男と出会った。
黒髪の男は、見慣れない格好をしていて、どうやら東洋人のようだ。
この世界に来て、かれこれ十年以上になると言う。
元の世界への戻り方を探しているという彼に、私は色々な話を聞くことができた──。
「ねぇ、アニー! 異世界転生ものって知ってる!?」
「ちょっと、ニーナ? そんなに目をキラキラさせながら、よく分からないこと言わないでくださる……?」
私は数少ない友達である、アニーのところに来ている。
アニーは新興貴族のご令嬢で、麗しい金髪の女の子だ。
私達はよく彼女の館の中庭で、紅茶を嗜みながらお話しをする。というか、私が一方的に押し掛ける。
「そこは剣と魔法の世界で、ドラゴンもいるの! 面白そうでしょ!?」
「物語のことを言ってますの? 貴方もわたくしと同じ、夢見がちな乙女ですものね」
私はここ最近、小説というものにハマっている。
読む方ではなく、書くことにだ。
そして、貴族令嬢のアニーはというと、イラストを描く事に夢中だ。
それもちょっと、人には見せられないやつ……。
「わたくしとしては、殿方と殿方がラブラブしてる物語の方が好みですわ」
アニーは頬を赤らめながら、そんな事を言っている。
容姿はいいのに、なんだかもったいない……。
私はアニーの願望を無視して、話を続ける。
「でもやっぱりね、小説書きは取材をしてこそだと思うの」
「取材ってどちらへ?」
不思議そうな顔をするアニーに向かって、私は高らかに宣言する。
「私、ちょっと異世界に行ってくる!」
「どどどどうやって……?」
自信満々に言う私の言葉に、アニーが慌てふためいている。
もちろん黒髪の男からは、その方法も聞いてある。
「ふふ、トラックに轢かれるのだよ」
私はアニーと表通りまで出てきた。
そこで、数々の異世界転生者を送り込んできたという、トラックを探すのだが──。
「ぐぬぬ、トラックってどこに走ってんの!?」
「聞いたことありませんわ。そんな乗り物」
通りを闊歩するのは馬車。
色々な形はあれど、原動力はすべて馬などの生き物だ。
黒髪の男が言うには、トラックは生き物を使わないらしい。
そして四輪や十輪のものもあるが、見た目は箱型だと言っていた。
「見当たりませんわね……」
「わーん。おなかすいたー!」
かれこれ一時間以上探索しているが、見つかる気配がない……。
「ねぇニーナ? やはり真新しい乗り物なら、王都で探した方がいいんじゃなくて?」
「王都かー……」
私は気乗りしなかった。
王都へ行くためには船に乗らないといけないし、女の一人旅はさすがに危険だ。
「付き合ってられないわね。ごきげんよう」
愛想を尽かしたアニーは、踵を返して帰ってしまった。
私をとり残して……。
彼女の姿が、だんだんと小さくなっていく。
「わーん! ひどいよアニー!」
結局、トラックは見つからなかった。
もう諦めてしまおうか……。
異世界に行かなくても、小説は書ける。
剣と魔法のワクワクするような冒険が無くても、私には想像力があるじゃないか。そう自分に言い聞かせた。
夕暮れ時、自分の長い影を眺めながら家に向かっていると、狭い路地から一人の少年が飛び出してきて、私とぶつかった。
「あたたた……」
私は後ろへ尻もちをついた。
まだ十歳くらいの少年は、膝を抱えて唸っている。
「ちょっと大丈夫?」
彼は膝を擦りむいたようで、少し血が出ていた。
私が手当てをしようと、ハンカチを膝に当てると、少年は私の手を振り払った。
「こんくらい平気だよ! 僕はいつか勇者になるんだぞ!」
涙目の少年はそう言うと、立ち上がり去っていった。
勇者か……。魔王なんて今はいないけど。
「うーん。イイ感じ」
あの少年のように大志を抱くんだ。
私も、いつか偉大な小説家になるの!
そのために、トラックに轢かれたい……!
翌朝、私は荷物を纏めると、港へ向かった。
人よりも自然の多いこの島は、王都行きの船が週にニ便しかない。
アニーとは暫く会えないけど、彼女には置き手紙を残してきた。
港に着くと、陽気な海から潮風が吹いてきた。
いよいよ旅に出るんだと、私は拳を握りしめる。
「王都行きに乗られる方は、こちらに並んでください!」
案内係がそう言うのを聞いて、私は船乗り場に向かった。
すると、そこには見慣れた青いドレスの女性が立っていた。
「来ると思っていたわ。ニーナ・ロウベル」
「どうしてアニーがここに……?」
目の前にアニーがいることが信じられなかった。
彼女は大きなトランクを携えて、声高に言った。
「わたくしも着いて行ってあげます。貴方のいない人生なんて退屈ですもの」
「いいの……?」
私は目頭が熱くなった。
アニーと二人で行く旅なんて、どんなに楽しいことだろう。
「わたくしじゃ、不足かしら?」
アニーは腰に手を当てながら、堂々と言った。
「そんなことない。私より大人で、賢くて、お金持ち。それがアニー・メイテルでしょ……?」
私にとって、アニーよりも心強い相棒なんて、いるはずがない……!
私はアニーの目を見つめた。
アニーも、私のことを見つめている。
そして、お互いに近づくと、私達はその場で抱き締め合った。
やがて船が出港すると、私達は船の甲板に立った。
小さくなっていく街並みに向かって、私は大きく手を振った。
「さらばだ!」
この物語は小説家になろう×アニメイトの企画参加作品です。