第六話 幽霊の正体
第六話 幽霊の正体
人っ子一人いない倉庫は想像以上に気味が悪く、皆川祭は足がすくむのを感じた。
「ここで、洋子さん、幽霊に会ったんだわ。それにしてもやたらと寒くて暗い。もしかしたら彼女の思い込みかも知れない。タクミのチラシにこれ以上詮索するなって走り書き程度に書いてあったって言ってたけど。あれから彼女にその話をしていないんだけれど、どうなったのかな?警察には話したのかしら。後で詳しい話を聞いて幸子さんに報告しなくっちゃ。」
午後からのシフトには南洋子の名前があった。
一週間分のシフト表は各自の部門ごとにもらう形にタクミはなっている。
それを二人はお互いにコピーして連絡を取り合っていたのだった。
だが、一時を過ぎても南洋子の姿が見つからない。
しびれを切らした祭は、やむおえず事務長の斎藤に聞いてみた。
二人がお互いに連絡を取り合っているのは、やはり事件の影響を鑑みて秘密裡になっていたのだ。
「あ、南洋子さん、辞めたんだよ。知らなかったの?貴方たち仲が良かったんじゃない。それにしても急だったんで困ってしまうよ。長く勤めてくれていたのに理由も言わずに辞めるなんて彼女らしくないよね。」
驚いた祭は、急いでロッカールームに入り、回りに人がいない事を確認しスマホを手に取る。
いつもはラインで連絡を取っていたが、どうしても直に話がしたい。
明らかに祭は焦っていた。
自分でもどうしようもなく、一刻でも早く彼女の声が聞きたい思いに駆られていた。
だが、スマホの向こうでは「おかけになった電話番号は現在使われておりません…。」むなしく響くだけ。
祭は血の気が引いていく。
気が付くと一人、「タクミ」近くの公園にいた。
「ここで、よく、洋子さんと話したのよね。自分では親しかったつもりでいたのに、私に内緒で辞めるなんて…。とても信じられない。お互いに家にも行ったこと無いし、スマホは番号変えたみたいだし。もう、連絡取れないのかな。あの、明るい笑顔が見れないのかな。」
祭はベンチに座りながらなんとか自身の置かれた立場に向き合おうとしていた。
その時だった。
祭のスマホが突然鳴る。
「祭さん、テレビ見たわよ、タクミ大変じゃない。」
幸子の声を聞いて祭は次第に落ち着きを取り戻していった。
そういえば「タクミ」の社長宅に国税局の職員が入ったんだっけ。
「売り上げを取りに来ていた銀行には県警が入ったんだって?一体全体、どうしたっていうの?」
「幸子さん、南洋子さんタクミ辞めたのよ。」
「え、ホント」
「ええ、事務長さんが教えてくれた。仲がよさそうだったのに知らなかったのって言われてしまったわ。昨日まで普通に話していたのにホント信じられない。」
「祭さんに何も言わず突然辞めるなんて、様子の変化にきずかなかったの?」
祭はおそらく洋子がスマホの番号を変えている事や自宅にも行ったことは無く、事実上連絡が取れなくなってしまった状況を幸子に伝えた。
「そういえば、南洋子さんが倉庫で見た幽霊の話、何か進展あった。」
「いいえ、タクミがすったもんだでそれどころじゃなかっていうか。チラシに、これ以上詮索するなって走り書きで書いてあったって、それ以外新しい情報は無いわ。」
「祭さん貴方はその話信じたのよね。所でそのチラシ現物で見たの。南さんの話を聞いてだけなんじゃないの。」
幸子に言われて祭は考え直した。
今考えてみれば何故か南洋子の一方的な話だったように思えてくるのが不思議。
おそらく時間の経過とともに皆川祭は冷静さを取り戻していったのだ。
振り返ってみるとなぜ、南洋子はそのような話を祭にしたのか?そのうえ、他の社員にも話をふれまわっていた事も発覚。
洋子の「タクミ」に対する真っ正直とも思える発言は皆の知る事とはなっているが…。
それは彼女の本音だったんだろうか?疑問に思えてきたが、シングルマザーで一人息子を「タクミ」のお給料だけでは大学まで出せたのは無理があるのではないか。
少々世間知らずな祭は新たな自身の考えを幸子との会話によって無意識にまとめ始める。
もしかしたら、これ以上「タクミ」現金喪失事件が表ざたになるのは洋子に取ってきわめて不利な状況であったとしたら?
南洋子自身の保身の為に虚偽の実情を「タクミ」内で噂として流そうとしているとしたら。
ありえなくもない。
堂々巡りの頭の中で祭は幸子に言った。
「幸子さん、信じたくはないけれど、やっぱり南洋子さんの幽霊話し、作り物かも知れない。」
スマホの中にいる唯一、信じるに至る親友の幸子。
一人息子の犯した、柳井まどかさん殺害事件だけでも十分に彼女は傷ついているのに。
私の為にここまで考えていてくれる。
祭は次第に心が落ちつくのを感じていた。
「幸子さん、私頑張る。最後までタクミに居続けて皆を苦しめた事件(事務所金庫内から現金が無くなった)の解決まで見守るわ。」
皆川祭からの通話が終わり、ふと幸子はテレビに目をやると、ニュース速報が流れていた。
「タクミ」の売上金を取りに来ていた銀行に県警が入り、不正入金が議員に流れていた。相手は、なんと地元衆議院議員 本岡本郷氏。
幸子は背中に冷たい汗が流れるの感じた。