第三話 南 洋子さん
第三話(南 洋子さん)
その後、なかなか祭からの連絡はなかったが、あの日、幸子が祭に会ってから一週間経った頃だろうか、季節は新緑の春の香りから少しづつ初夏へと向かうであろう、とある夜に唐突にやって来た。
なんとか一人暮らしに慣れようかと思われた静まり返った例えて言うなら、待ち針が床に転がっても気付く様な…。
静けさの中、柱の時計は8時を過ぎていたような…。
突然、それは音を立てて響き渡る。
叫び声にさえ聞こえるような幸子のスマホが鳴る。
案の定、祭の声が闇深く季節外れの寒気さを帯びた…。
「幸子さんこんばんわ、先日は相談にのって頂き、有難かったわ。でね、やっと幸子さんにお話出来る様な情報が入ったの。こんな遅くにお電話してごめんなさい。また、ご迷惑おかけしてしまって。」
「いいのよ、私が一人暮らしで暇なの分かっているわよね。で、どうしたの?」
「丁度私と一緒の頃バイトに入った南 洋子さん、年は55歳って言ってた。彼女が見たっていうのよ。」
「何を?犯人を見たって言ったの?」
「違うの、幽霊よ。」
「ええ、幽霊?」
「そうなのよ、その日彼女は遅番で、私と違って時間の融通が利く人で午後7時頃だったって言っていたわ。見たらしいのよ幽霊らしきものを。その姿は倉庫内に居て、彼女が近づくとスーって姿消したらしいのよ。」
「その、南さんって信用出来る人物なの?」
「私が知る限り嘘を言う人じゃないって思うわ。」
「そう、でも倉庫と今回の事件の発端になった金庫がある部屋、事務所ね。関係が無いと思うけど。」
「私もそう思ったんだけど。彼女どうやら幽霊を見ただけじゃ無かったのよ。その幽霊らしき姿は、残していったのよ。タクミの新聞チラシを。でね、そのチラシの端に これ以上詮索するなって書いてあったの。南さん少し要領が悪くってタクミで働いている人達にいろいろ聞いて回っているの目立っていたのよ。彼女は事件の日には出ていないからアリバイあるのに、興味があったのね。きっと、ともかく皆が、バイトの南さん、しつこく嗅ぎまわっているって言ってたもん。それで彼女私に相談持ちかけたの。」
「その幽霊の事皆知っているの。」
「いいえ、私にだけ話したんだって言ってたわ。要領が悪いわりによほど怖かったらしく、誰にも話していないらしい。でね、貴方にだけは相談してるからって了解を得て話しているの。」
「祭さんだけ知っているってわけか。その南 洋子さんは本当に幽霊見たって信じているの。もし、そうだったらかなり天然な方ね。普通脅されているって思うんじゃない。」
「確かにそういう所ある方だけど、南 洋子さん、若くして病気でご主人亡くしているの。頑張り屋さんで一人息子を大学まで出したのよ。だから、タクミに対しての思いが深いっていうか。そんな個人的な思いが強いっていうか。ともかく勝手に犯人探し初めちゃったわけなの。」
「訳ありって訳か?」
「大袈裟に言えばそうなるわね。けど、タクミで仕事が出来て息子さんを大学まで出せたんだから、もっとも話でしょ。」
「にしても、幽霊話にかこつけて脅そうなんてあまりに子供じみているわ。」
「うん、それと、南さんと正義感が強くって、結構トラブっていた時あったのね。」
「具体的に教えて。」
「私が知っている範囲の話。ここだけの話でお願いします。」
「勿論!」
普通、ここだけの話がここだけで終わったためしがない事くらい分からないはずないのに。
祭さんよっぽど困ってるんだわ。
もしかしたら事件の(金庫から約10万円紛失)核心にふれるかも。
「南 洋子さん金庫から売り上げの一部が無くなる事件が起こるかなり前…。そうねー、一年くらい前に、経理上と実際の利益が違うんじゃないかって言い始めたの。きっかけはたわいのない事。あの人、いろんなレジ係に今日はどのくらいの売り上げだったって聞いていたのよ。たわいのない会話のつもりだったと思うんだけど、なんか利益本当は思った以上に多いんじゃないかって言い始めた。一人親だったから収入を上げたかったからかも知れないけれど。」
「それって裏帳簿の話。」
「彼女はそんなつもりは無かっただろうし、だいたい、裏帳簿なんて存在すら知らないとおもうわ。けど、普通に聞いているとそうなるわよね(裏帳簿)」
「あと、他には。」
「そうね、レジの誰かがその日の売り上げ誤魔化してるんじゃないかとか?」
「かなりやばそうな人ね。南 洋子さんって人。」
「そうなの、本人は正義感とタクミを守りたい一心での行動のはずが思いのほか他人を傷つけていたのよ。」
「で、祭さんに対してはどうなの?」
「いたって普通っていうかむしろ信頼されているって思うけれど…。
だから、今回の幽霊事件私にだけ話してくれて、幸子さんに相談するのも了解を得る事ができたの。」
「そうだったの。祭さんには気を許しているのね。ところで、他になにか気になる事かった…。たわいのない、何気ない事が大切な場合があるんじゃないかな?」
「そういえば、銀行の方二人組でいつも売り上げを取りに来るんだけど事件時コロナの濃厚接触者に二人共罹患して代わりの方が来たの、その時に現金が売上帳より少ないんじゃないかってその方が言い始めた。」
「二人組でなく一人で来たの?」
「そうなのよ、そういうのって普通一人では来ないはず。よほど信頼されている銀行員だったんじゃないかしら。当時コロナ大流行りだったから人員不足で一人だけで来るしかなかったのかも知れないけど。」
「それ、なにげにおかしくない?だっていつもの銀行員二人組の時には事件は起きなかったんだから。」
「その代理の銀行員が怪しいってことかしら。」
「わからないわ。けど、なにか違和感みたいなもの感じなかった。」
「そうね…。銀行のバッチがやたらキラキラしていたような。」
「そうなの。なんか変ね。」
「たぶん、私の思い込みだと思うんだけど。」
「その、銀行のバッチがいつもの人達が付けてるのと違っていたってわけ?」
「真新しい感じがしたような?」
「その方は若かったの?」
「そうねー、20代には見えなかったわ、おそらく30は超えていたような、でも若いわよね。」
「それで、バッチが新しかっただけじゃないの?」
「違うのよ、なんか、違って見えたの。」
「そう、つまりなにか引っかかったわけか。」
「私の思いこみかも知れないけれど。幸子さんみたく感が働かないから。」
「そんなことないわよ。小さな事実が案外大切な時多そうよ。」
「ともかく、その真新しいバッチをつけていた銀行員の彼が実際の売り上げが帳簿と違う、明らかに足りないって言い出した。」
「彼が代理で来ていた時期はどれくらい。」
「たぶん、事件が発覚する一週間前には来ていたと思うわ。」
「そうすると二週間は経っているのね。」
「だいたいその位だと思うけれど。事件最初、シフト時4月10日時点ではいらしたと思う。」
「そのころから売り上げが足りないってその方仰っていたの。」
「そうなの、私が知る限りは4月10日には言っていた。いつも4時過ぎに来られるから。その時点での売り上げを持っていかれるのよ。タクミは24時間開いているからそれ以降の売り上げは翌日に繰り越されている形を取っているの。」
「で、紙とPC上で入っている売り上げは同じで金庫に入金されている現金が違ったわけか。」
「そうなのよ、夜間専門のナイトリーダーの藤貝都さん(ふじかい みやこ 46歳)や道見 翔(みちみ しょう 70歳)さんも不信な人物は見かけていないって言ってたし。」
「夜間は一人なの。」
「いいえ、勿論、夜間のレジ係の年配の女性もいるけど。たしかそのころには自動のレジ対応だったと思うわ。そこらへんしっかりと、南 洋子さんに聞いてみるわ。」
「そうのね、夜間の事は知らないわよね。日中の品出し対応だったんだから。」
「長電話、ごめんなさい。また、新しい情報入ったらお聞かせしても良い。」
「勿論よ、気落ちしないで頑張ってね。」
「ありがとう。幸子さんの方が大変な時に相談してしまって。」
「いいえ、弘明が起こした事件の時誰も助けてくれなかった。合唱の皆さんだけが違ってた。いつも電話で励ましてくれたわ。恩返しが出来て嬉しいくらいよ。」
「そういって頂けると気が楽になる。じゃ、また、本当にありがとう。」
「じゃ、また。」
幸子と祭の通話は終わる。
「真新しいバッチか。確かに引っかかるわ。」
幸子はつぶやいていた。